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地銀に活路はあるのか 「ドキュメント 金融庁vs.地銀 生き残る銀行はどこか」読売新聞東京本社経済部 [新書]

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地方銀行の地盤沈下が止まらない。低金利による利ザヤの縮小に加え、地方経済の疲弊に伴う資金需要の低下が追い打ちをかける。今でも地方ではエリート企業の座にあるが、そのお家事情は予想以上に厳しそうだ。全国各地で地銀の再編は進む。本書では、監督官庁の金融庁と金融機関双方の視点から、大きな転換点を迎える金融界の現状と課題をリポートしている。タイトルにもある「地銀」は激変する金融機関の象徴として位置付けられている。

旧大蔵省から分離した金融庁は、20年前の山一證券など大型の金融破綻をきっかけに誕生した。不良債権処理など銀行の検査に取り組むイメージがあるが、本書では従来の政策路線から変わっていく金融庁の姿が映し出される。その先頭に立つのが、2015年に長官に就任した森信親氏だ。利用者に信頼される銀行になるためには、安全な担保確保や手数料稼ぎのために顧客サービスを低下させてはならないというスタンスだ。銀行自身がリスクをとって工夫したサービスを提供することが地域の信頼を勝ち取る近道であるとともに、唯一の生き残り策だと強調する。

本書では、横並び意識を脱して地方活性化のために工夫する地銀の取り組みも紹介している。ただ、本書のページをめくっている間に、スルガ銀行(静岡県沼津市)のシェアハウス運営会社に対する大型不正融資問題が報道された。「個々の地銀が創意工夫して新たなビジネスモデルをつくり上げることが重要」と森長官がお手本にしていた銀行だった。そんな地銀の優等生でさえ、「増収増益」のプレッシャーの下では落とし穴に落ちる。

地銀に活路はあるのか。それは個々の金融機関だけの問題ではなく、地域そのものの課題でもある。




ドキュメント 金融庁vs.地銀 生き残る銀行はどこか (光文社新書)

ドキュメント 金融庁vs.地銀 生き残る銀行はどこか (光文社新書)

  • 作者: 読売新聞東京本社経済部
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2017/05/17
  • メディア: 新書



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「死」から始まる物語 「さざなみのよる」 木皿泉 [文学]

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50歳を過ぎたころから、「死」というものに向き合うようになった。毎年多くの先輩を送り、自分自身も人生の持ち時間が残り少なくなっている。今さら死後の世界を信じるわけではないし、自分の存在が消えてしまうことは分かっている。「その瞬間」はどんななのだろうか。自分の意識がすべて消え、真っ暗な闇と同化してしまうことに恐怖感を覚えてしまうのは私だけだろうか。

本書は、主人公・小国ナスミが癌で息を引き取るところから始まる連作短編小説である。家族や友人、かつての勤め先の知人らが病院や実家に駆け付け、彼女にまつわる思い出を語る。享年43歳。富士山ろくのつぶれかけの個人経営スーパーを切り盛りしていた平凡な女性だ。一見何のとりえもない彼女だが、思い返していくと助けられたり、勇気づけられたりしていたことに、みんなが気付いていく。その連鎖は本書のタイトルのように、さざなみのように広がっていく。

どんな凡人でも生きているかぎり、その命の輝きに誰かが触れるときがある。ナスミの短く濃厚な人生とかかわった人たちはそれに気づいた時、涙を抑えることができないのだ。翻って、自分にそんな人がいるのだろうかと思う。いや、どうかな。それでも死後に待っているのは闇だけではないと、読了後に勇気づけられたような気がする。

ちなみに私は見ていないが、本書はNHKで2016、2017年に正月ドラマとして放送された「富士ファミリー」のスピンオフだ。ドラマではナスミは既に死んでいて、残された家に幽霊として出てくる設定だ。「死」の背景を描くことで、「生」の力強さを際立たせる。喪失と再生の物語でもある。木皿流の世界観がよく出た一冊だった。



さざなみのよる

さざなみのよる

  • 作者: 木皿 泉
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2018/04/18
  • メディア: 単行本



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人工知能ブームに警鐘 「誤解だらけの人工知能―ディープラーニングの限界と可能性」 田中潤、松本健太郎 [新書]

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人工知能は第3次ブームを迎えているという。そのメーンの技術になっているのが、ディープラーニングだ。膨大なデータを読み込み、音声・画像・テキストを解析し、課題を解決する。それゆえに、「人工知能が人間を超える日は近い」「東京オリンピックまでには自動運転車が完全実用化される」「人工知能の発達で職業を奪われる人が続出する」といった言説が出回っている。それらはすべて、でたらめだと本書は切って捨てる。

本書は、人工知能研究に携わるベンチャー企業社長にデータサイエンティストが聞くスタイルで進む。人工知能が人間に勝るのは、処理能力と覚えたものを忘れない「完全な記憶」だ。それを元に分析するパワーは将棋やチェスでプロを打ち負かすほどにまで強大になったが、それでも将棋やチェスというごく限られたルールの中での話でしかない。人間との決定的な違いは、意味を理解しないから。ディープラーニングには「なぜ?」がないから、目の前の現象を認識する以上のことはできないのだと。

人工知能ブームで、経営者たちが乗り遅れまいと「何かできないの?」と相談を持ち掛けられることに辟易とするそうだ。その前に人工知能とは何か、それを現段階で使うことで何ができるのかをちゃんと理解することが肝要だと警鐘を鳴らす。

その上で、人工知能の開発がかなり乗り遅れている日本の現状に危機感を示す。理由は、人工知能の礎を作る「データの質と量」の不足だ。2017年に急速に普及を始めたAIスピーカーはほとんどが米国発だが、家庭内でのリアルな音声データを収集するのが最大の狙いである。米国や中国など海外の人工知能をベースにした製品が導入されるたびに、データは根こそぎ海外に流出してしまう。その差が開けば開くほど、日本の敗退シナリオが濃厚になるのだ。日本が人工知能分野でイニシアティブを取っていくためには、基礎研究の充実と統計学を中心とした学校での数学教育がカギを握ると指摘する。

人工知能に自我は芽生えるのか? そういう哲学的な問いは「意味がない」という。人間の自我でさえ、あることを証明できないのに。何年たっても人間らしく振る舞う機械ができるだけ。その主張にほっとするとともに、ロマンがないなあと感じるのは、SF映画の見すぎだろうか。



誤解だらけの人工知能 ディープラーニングの限界と可能性 (光文社新書)

誤解だらけの人工知能 ディープラーニングの限界と可能性 (光文社新書)

  • 作者: 田中潤
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2018/02/15
  • メディア: 新書



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「宝箱」の底で怪しく光る恋 「ミッドナイトブルー」須藤佑実 [漫画]

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恋を忘れた大人のための短編漫画集である。高校教師と元教え子が抱く秘密、失踪した兄をあきらめられない彼女に横恋慕する弟、大雪の日に偶然再会した学生時代の憧れの女性…。そこに狂おしいほど燃え上がるような恋は見当たらない。登場人物たちは年月の流れとともに大人になっていく。処世術と分別を得た後に、「人生の宝箱」をのぞき込むように初恋の思い出に浸る。そんなノスタルジー漂う作品群だ。

タイトルにもなっている「ミッドナイトブルー」はその代表格だ。天文部の高校生4人。メンバーの女の子の提案で「卒業しても2年ごとに集まろう」と約束する。その2日後、彼女は事故で死んでしまった。残された3人は約束通り2年ごとに集まる。再会するたびに、元部員たちは就職、結婚という人生のステージを踏んでいる。成長していく「残された者」と高校生のままの彼女の対比がちょっぴり切ない。

若者の恋はぎこちなく、成就する方が少ない。思い出しただけで赤面するような時もある。ただ、それをそのまま思い出として受け入れる度量をやがて身に着けるのだ。線香花火のようなあやふやでもろい恋は、いつまでも「宝箱」の底の暗闇で妖しい光を放つ。だれしも「宝箱」は持っている。「たまにはそのふたを開けてみようよ」と本書はそそのかしているようでもある。

重苦しい読後感は残らない。随所に散りばめられたユーモアと現実にはあり得ないファンタジー設定が物語を軽やかに見せている。新世代の叙情派ストーリーテラーとして今後の作品を期待をしたい。



ミッドナイトブルー (フィールコミックス)

ミッドナイトブルー (フィールコミックス)

  • 作者: 須藤 佑実
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2016/11/08
  • メディア: コミック



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現代の世界と個人を結ぶのはアニメか 「サブカルの想像力は資本主義を超えるか」大澤真幸 [批評]

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2016年は、日本のサブカルチャーシーンにとってエポックメーキングな年だった。「シン・ゴジラ」「君の名は。」「この世界の片隅に」と、邦画の記録を塗り替えるヒット作が相次いだ。いずれの作品もストーリーの山場にカタストロフな場面が登場することから、東日本大震災と結びつけた社会批評が、山のように生まれた。

気鋭の社会学者による本書は、さらに大風呂敷を広げて、こうした日本の転換期を暗示するサブカルチャー作品群と社会との結びつきを大胆な分析で解き明かしていく。例えば、「君の名は。」は「エヴァンゲリオン」シリーズと同様に、普通の男女が世界を大事件から救うという「セカイ系」アニメだが、その恋愛の形に着目する。

「月9」の恋愛ドラマが敬遠される現代にあって、無関係だった男女が近づき合い、濃厚な関係性をつくっていくという恋愛アプローチが陳腐になってしまった。その点、「君の名は。」はいきなり男女が入れ替わり、これ以上ない近さから物語が始まる。同時に、東京と地方、時間のずれから「乗り越えられない距離のもどかしさ」も抱える。恋愛不在のカルチャーに「過剰なまでに純粋な恋愛物の大ヒット」が共存しているのが現代なのだ。

「シン・ゴジラ」は、米国なしには何事も対処できない日本が描かれる。そこには原発の危険性も第2次世界大戦の敗戦も「事実としては知っていたけれども信じていなかった」日本人のイメージと重ねて論じられる。

本書の書名は、半径3メートルの親密圏と世界をつなぐものは何か?という問いかけに起因する。本来、それは学問のはずだった。だが、それは若者にとって魅力的ではない。その代役を果たすのが、サブカルチャーの想像力だと著者は指摘する。資本主義が終焉を迎えると言われて久しい。では資本主義はどこにいくのか? 「知っていたけれども信じていなかった」われわれの目を覚まさせ、その想像力を生み出す源泉こそがサブカルチャーなのだろう。そうであるなら、義務教育に英語やプログラムを導入する前に、アニメを採用したほうがいいんじゃない?と突っ込みたくなるのだが。


サブカルの想像力は資本主義を超えるか

サブカルの想像力は資本主義を超えるか

  • 作者: 大澤 真幸
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/03/22
  • メディア: 単行本



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詩人なんて呼ばれて 谷川俊太郎、尾崎真理子 [詩]

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谷川俊太郎といえば、日本で最もポピュラーな詩人だろう。20歳で「二十億光年の孤独」をひっさげてデビューし、独自の詩作から「詩壇の異星人」と呼ばれた。公表した詩だけで2500作を超え、86歳の今も精力的に創作活動を続ける。

その谷川に文芸ジャーナリストの尾崎真理子読売新聞編集委員がロングインタビューを交えて上梓したのが、本書である。哲学者だった父親の思い出から始まり、「職業詩人」を訴えて詩壇から異端視された青年時代、武満徹や寺山修司との交流、3人の女性との結婚と離婚。東日本大震災を機に再び注目が集まった作品。詩作に対する姿勢だけでなく、本人の半生が赤裸々に語られる。天賦の才能の持ち主は、戦後の現代詩の流れにとらわれず、いい意味でも悪い意味でもいかに特異な存在であったかが手に取るように分かる。厳選した20編の詩と書下ろしの詩「詩人なんて呼ばれて」を収録。評伝とともにこの1冊で谷川のことが知りたい人にはうってつけだろう。

時代の寵児と呼ばれる人のタイプは似ているのだろうか。村上春樹との類似点も挙げている。すなわち、脚光を浴びすぎたがゆえの罵倒や冷笑、創作するときに「意識が下りていく」感覚で深いところから掘り出していく姿勢、音楽・旅・おしゃれ・酒・車にもほどほどに好みを貫く。生い立ちも似ている。教養ある両親に大切に育てられた都会っ子で一人っ子。しかし、親元をわりと早くあっさり離れ、二十代前半に結婚。妻の意見を尊重する。そして「何よりも通底しているのは、日本文学の歴史的、因習的文脈をいったん離れて、独力で創作に打ち込んできた」ことだと筆者は指摘する。

そもそも詩とは何か。終戦直後は戦死した身内や友への鎮魂歌であり、経済復興とともに労働運動や学生運動と深く結びついた。経済的豊かさを享受した80年代からは精神的渇望の糧となる。だが、谷川の作風を見ると、そんな時代の流れを超越したコスモポリタンのように見える。ひらがなが多く、シンプルで、読みやすい。私が一番好きなのはネスカフェのCMでも登場したこの詩だ。

カムチャッカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている

(「朝のリレー」より)


詩人なんて呼ばれて

詩人なんて呼ばれて

  • 作者: 谷川 俊太郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/10/31
  • メディア: 単行本



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タカコさん 新久千映 [漫画]

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世の中は雑音だらけだ。都会の喧騒、人の話し声、隣近所からの生活音。昔は風流ととらえられていた蝉しぐれや保育園児の元気な遊び声も最近では騒音扱いで、やかましい音は拡大する一方である。もちろん、聞こえてくる音をどうとらえるかは人の気持ちしだいだ。

この漫画の主人公・タカコさんは、すこしだけ耳がいい。勤め先のレストランでは、他のスタッフが気づかない小声の客のオーダーを聞きつける。レストランのオーナーらからは感謝されているが、ただそれだけのこと。「履歴書にも書けないレベル」の話だ。

彼女は自宅にいても周囲の部屋の物音から、いろんな想像をめぐらせる。家族の談笑、包丁の音、お風呂ではしゃぐ声、部屋に泊まった友達の寝息。「心を落ち着かせるのは、いつも誰かの息遣い。隣近所の騒音は大丈夫だよ。だって『ひとりじゃない』ってわかるから」と。耳を澄ますことで世界とつながっていることを実感するのだ。

ふんわりとした風貌で、控えめで、日常の小さな喜びを見出すのが得意な女の子。そんなタカコさんの周りにはキャリアウーマンの友達や働き者の上司たちがいる。みんな美人でバリバリと仕事をこなすが、そのために疲れを感じ、タカコさんの不思議な雰囲気に癒されていく。

もちろん地味な性格を揶揄する声が彼女を傷つけることもある。彼女にとっては一番の騒音であろう。それでも彼女は「みんな自分のことで手一杯で『助けて』も伝えづらい世の中だけど、少しでも理解すること支え合うことの素になるかもしれないから、耳をすませていたいの」と言う。傷つきながらもすべてを受け入れる。そんな「聞く耳」を持つ彼女の寛容さと共感力こそが、世知辛い現代に生きるわれわれにとって憧れに映るのであろう。

著者はテレビドラマ化もされた「ワカコ酒」も手掛けた新久千映さん。そういえばタカコさんは、のんびり屋で一人呑みを愛するワカコさんとよく似ている。どこにでもいそうで実はなかなかいない魅力的な女性なのだ。



タカコさん 1 (ゼノンコミックス)

タカコさん 1 (ゼノンコミックス)

  • 作者: 新久千映
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2016/01/20
  • メディア: コミック



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岩瀬忠震 ―五州何ぞ遠しと謂わん― 小野寺龍太 [ノンフィクション]

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幕末の傑士というと、NHK大河ドラマでおなじみの西郷隆盛や木戸孝允といった薩長の勤皇志士らの名前が挙がってくる。幕府側というと江戸開城を決意した徳川慶喜くらいだろう。その中で、明治維新の大きな意義である「開国」を積極的に主導したのは、実は江戸幕府の幕閣たちだった。その中心人物の一人、海防掛目付、今で言う外交官の岩瀬忠震(ただなり)の生涯を描いたのが本書である。

ペリーの黒船来航以来、西洋人と早く接触した幕府役人たちは「もはや攘夷の時代ではない」と悟り開国に向かった。隣国の清国が外国との交渉を拒否したばかりにアヘン戦争で多大な被害を被ったことなど世界情勢に関する情報も多く集めていたからだ。西欧の実力を正確に分析していた。一方で、こうした情報を得る立場になかった下級武士や公家たちのほどんどが過激攘夷だった。さらに身分だけあって政治的権力はなく、内職をしなければ食べていけない彼らの不満に、黒船の到来が火をつけた。そういう意味では、幕府こそ開国の実行者だった。

開明的な岩瀬の実力は、米国外交官タウンゼント・ハリスとの日米修好通商条約締結に向けた交渉で発揮された。下田に上陸したハリスは江戸・堺・大坂など大都市に開港するよう求めた。当時は攘夷の嵐が吹き荒れる幕末。江戸や皇室が居を構える京都に近い大坂に外国人が押し寄せれば、治安が維持できず、欧米列強との戦争の火種になる。また、大坂の繁栄を見た岩瀬は「徳川の天下は大坂を制した者に奪われるだろう」と考えるに至った。外国との貿易による富を江戸に引き寄せるために、江戸に近い横浜開港(通商条約では神奈川)という妙案を思いつく。同じような発想で兵庫も「良港なり」と評価。神奈川宿沿いの一寒村にしか過ぎなかった横浜、そして神戸を日本の代表的貿易港に成長させたのは、岩瀬の功績と言っても過言ではない。

岩瀬はハリスとの信頼関係を築き、日米修好通商条約を取りまとめ、続く蘭露英仏の修好通商条約の調印を導いた。権力者の弾圧や勤皇武士たちによる武力闘争がクローズアップされがちな幕末にあって、豊かな教養に裏付けられた幕臣の活躍は、維新という激動の舞台の陰に埋もれてしまった。

文人でもあった岩瀬は多くの書画を残している。本書のサブタイトルにある「五州何ぞ遠しと謂わん」は、岩瀬が書いた詩に由来する。「自分は五大州を股にかけて行くのだ」という意味。欧米列強と厳しい外交交渉をこなした岩瀬はまた、彼らの母国をその目で見るため、海外渡航を夢見ていたのである。そんな岩瀬も政治抗争に巻き込まれ、井伊直弼の安政の大獄により左遷。外交官としてのキャリアから降りた後、42年8カ月の短い生涯を終えた。

近代日本の外交スタイルを切り開いた岩瀬に学ぶことは多い。特に開港を迫る米国に横浜を提案したことは特筆すべきだろう。ピンチをチャンスに変えた人として。



岩瀬忠震:五州何ぞ遠しと謂わん (ミネルヴァ日本評伝選)

岩瀬忠震:五州何ぞ遠しと謂わん (ミネルヴァ日本評伝選)

  • 作者: 小野寺龍太
  • 出版社/メーカー: ミネルヴァ書房
  • 発売日: 2018/01/10
  • メディア: 単行本



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ギリシア人の物語3 新しき力 塩野七生 [文学]

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歴史作家・塩野七生さんの「ギリシア人の物語」シリーズが完結。半世紀の間取り組んできた歴史エッセイの最終巻だと80歳の作家は名言している。代表作「ローマ人の物語」シリーズで描かれたローマ時代よりさらに昔のギリシアを舞台に、民主政治のはじまりから若き英雄・アレクサンドロスの人生の終焉までをたどったのが本シリーズである。

最終巻でスポットが当たるアレクサンドロス大王は、英語ならアレクサンダー。イタリア語ではアレッサンドロ、略称ならアレックス。この名を今でも欧米でつける人が絶えないのはなぜか。人類史上まれな英雄にどんな魅力があるのか。その問いが本書の底流にある。アリストテレスの弟子として哲学を学び、ギリシャ辺境の地と呼ばれたマケドニアからギリシアの覇者となった父王フィリッポスの跡を継ぎ、20代でエジプトやペルシャ帝国の征服を果たす。広大なオリエント世界をヨーロッパに引き寄せる役割を担ったのだ。

アレクサンドロスは武人として優れていただけではない。征服した国の人間を取り立てたり、国際結婚を奨励して融和を図ったり、戦争勝利後のガバナンス(統治)に力を注いだ。好奇心旺盛で先進的な考えの持ち主でもあった。

それにしても、ギリシャ人の名前や地名が次々出てきて読了には時間がかかった。地図や年表は理解を助けてくれたが、登場人物の写真がすべて彫刻(当たり前か)。塩野七生ファンの自民党の小泉進次郎氏は1冊3200円の本書に「もっと払いたい」と絶賛しているが、私の場合は読解力がなかったのか…。


ギリシア人の物語III 新しき力

ギリシア人の物語III 新しき力

  • 作者: 塩野 七生
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/12/15
  • メディア: 単行本



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ブルックリンでジャズを耕す 大江千里 [エッセイ]

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大江千里といえば、80年代の日本のポップス界を語る上で欠かせないミュージシャンだ。「十人十色」「YOU」など、叙情的な詩をポップな旋律と甘ったるい歌声に乗せ、コンサート会場を満席にしてきた。シンガーソングライターとしての実績を築き上げたが一転、47歳で渡米し、ジャズピアニストを目指してニューヨークの音楽大学に入学する。

米国の生活はつまずくことばかり。クラスメートはひと回りもふた回りも年下の若者たち。英会話に苦労し、アンサンブルのオーディションにはすべて落ちた。長年のポップス生活で身についた癖がジャズの習得をさまたげ、先生からは「ジャズを知らない」とこき下ろされる。そんな留学体験をつづったエッセイ「9番目の音を探して」を3年前に出版した。

本書はその続編。音楽大学卒業後、ニューヨーク市ブルックリンを拠点に、ジャズピアニストとして米国を演奏して回る生活を中心につづる。

「52歳から始めるひとりビジネス」のサブタイトル通り、自分でレーベルを起こし、コンサートのマネジメントやCDの発送まで一人でやる。日本にいた時はレコード会社が全部やってくれていたことだ。その中で、多くの資金を費やすアルバム製作が、資金回収すると意外と費用対効果がよくないと気付く。ライブを続けてやる方が生活が安定することを知る。もちろん日本の銀行にはシンガーソングライター時代の蓄えがあるが、それには頼らないと決めた。

なぜ過去の成功を投げ打ってまで人生を再スタートさせたのか。40代になると、身体的にも曲がり角が来る。「人との別れを経験し、人生に限りがあること、そして人生が1回しかないことをはっきり意識し始める」と語る。

気が付けば、バブル絶頂期の80年代ブームである。ディスコのファッションや当時の流行歌がテレビから流れる。そんな時代に区切りをつけて、新天地で果敢に挑戦を続ける50代の姿には、本当に勇気づけられる。今年でデビュー35年。彼が放つジャズは、われわれ同世代への応援歌でもある。

本の帯に「君の名は。」の新海誠監督が言葉を寄せている。「思春期に世界の見方を与えてくれた大江千里は、今でも形を変え、世界の美しさを奏でる方法を僕に教えてくれる」。そうか、この人もCDに耳を傾けていた世代なんだ。




ブルックリンでジャズを耕す 52歳から始めるひとりビジネス

ブルックリンでジャズを耕す 52歳から始めるひとりビジネス

  • 作者: 大江 千里
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/01/19
  • メディア: 単行本



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