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たゆたえども沈まず 原田マハ [文学]

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今年は「ゴッホ・イヤー」なのだろうか。10月から映画「ゴッホ 最期の手紙」の公開が始まり、東京都美術館では「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」が開催されている。そして、本書である。アート小説というジャンルを切り開いた彼女の新作の主人公は、ゴッホである。

舞台は19世紀末のパリ。伝統的な絵画から印象派がしだいに受け入れられるようになった時代。後にポスト印象派の旗手として歴史に名を残すフィンセント・ゴッホはまだ無名の画家だった。彼を献身的に支えた弟で画商のテオ。そしてこの兄弟を支えることになる美術商・林忠正と助手の加納重吉。物語はこの4人の友情を軸に展開していく。

東洋と西洋の出会いは、原田の得意とする題材のひとつである。昨年発表した「リーチ先生」では、英国人陶芸家バーナード・リーチと美学者柳宗悦が衝突する場面が印象的だった。今回は日本の浮世絵をはじめとするジャポニズムがパリの美術界、とりわけ印象派やそれに続くゴッホたちに強い影響を与えたことが物語の底流にある。

ゴッホがなぜ西洋美術の中でとりわけ日本で受け入れられるのか? そこには江戸期の日本美術のDNAが埋め込まれているからだと筆者はみているようだ。だから日本美術を世界に売り込んだことで知られる林忠正を役者として立てた。実際にゴッホ兄弟と接点があったかどうか不明だが、そこは史実をベースにフィクションを組み立てる原田ならではの手法で読者を引き込む。そして林の功績に光を当てるために、架空の助手・加納重吉を舞台に上げた。林はジャポニズムに憧れ、日本に渡航したいと願うゴッホに、「あなた自身の日本を見つけ出すべきだ」と国内でモチーフを探すことを強く勧める。

本書には「暗幕のゲルニカ」の時のような謎解きやどんでん返しはない。ゴッホが自らの芸術を見出し、精神を病んで耳を切り、拳銃自殺する―。その史実は変わらないので、ネタバレもない。ただ、そこに至るまでのゴッホの苦悩や喜び、友人たちとの確執などの人間模様が描かれるだけだ。タイトルの「たゆたえども沈まず」とは、幾度の洪水にも耐えて来たパリの街であり、ゴッホが描きたかったセーヌ川を差すのだが、決して順風満帆ではなかったゴッホ兄弟を暗示しているようにも思える。


たゆたえども沈まず

たゆたえども沈まず

  • 作者: 原田 マハ
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2017/10/25
  • メディア: 単行本



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寝る前に読む一句、二句。 夏井いつき・ローゼン千津 [文学]

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夏井いつきという俳人を知ったのは、著書の「絶滅寸前季語辞典」と「絶滅危急季語辞典」である。俳句には季語が不可欠だが、時代の変化につれて自然や生活から消えていくものもある。例えば、蚕(かいこ)やハエたたきなど。絶滅に瀕している季語を使って新しい俳句をつくれば、季語を保存できるのではないか。そんな季語と俳句を列挙した辞典である。それぞれの季語の項目に付け加えられたエッセイがざっくばらんで面白く、ページが進んだ。

彼女はいまや、日本で一番有名な俳句解説者であろう。比較的昔からの夏井ファンからすると、最近、TBSテレビ番組「プレバト!」に出演して人気を集める彼女を見るにつけ、隔世の感がある。書店ではいぜんは探さないと目に入らなかった著書が平積みしてあるし、売れ行きも好調のようだ。本書もその延長線上にあるといっていい。夏井さんがセレクトした名句を初心者でも楽しめるようにした「啓発本」である。

俳句解説の話し相手は、妹で俳人のローゼン千津さん。地元松山で活動する夏井さんとは対照的に国際的チェリストの夫と結婚し、世界を飛び回る。この姉妹の俳句に合わせたぶっちゃけトークは、死ぬまでにやりたい「棺桶リスト」から、経験者は語る「熟年離婚」の話まで多岐にわたる。「いつの間にがらりと涼しチョコレート」(星野立子)の名句について、「これは明治のマーブルチョコレートに違いない」などと思わぬ方向へ話はダッチロールしていく。

姉妹の会話から夏井さん一家のプライベートな側面が垣間見れて楽しいし、ふたりの俳句に関する知識は相当なものだ。だが、まったく俳句の勉強にはならず、啓発本でも教養本でもないことは断言できる。基本的に延々と雑談が続くのだ。タイトルの通り、寝る前に一句、二句、イラスト付きの俳句を眺めながら自分なりの空想を膨らます。雑談が心地よいノイズとなって包んでくれるかもしれない。


寝る前に読む 一句、二句。 - クスリと笑える、17音の物語 -

寝る前に読む 一句、二句。 - クスリと笑える、17音の物語 -

  • 作者: 夏井 いつき
  • 出版社/メーカー: ワニブックス
  • 発売日: 2017/10/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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たとへば君―四十年の恋歌 河野裕子・永田和宏 [文学]

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当ブログを立ち上げた時、最初に取り上げたのが河野裕子さんの「現代うた景色」だった。有名歌人から投稿のものまでお気に入りの短歌を選び、折々の季節や世相といった現代の風景に重ね合わせて解説するアンソロジー(選集)である。いずれも胸を打つ歌の数々を選び出す選球眼というか、選歌眼ともいうべきセンスに感心したものだ。ページをめくりながら、この戦後の女性短歌のトップランナーがどんな人だったのか知りたくて手にしたのが、この本である。

本書が世に出たのは、彼女は他界した翌年の2011年である。享年64歳。晩年は乳がんと闘い、その境涯を多く歌に詠んだ。本の編集に携わったのは、夫であり、同じく歌人あり、科学者の永田和宏さんだ。ふたりは大学生時代に京都で出会い、結婚し、妻の死まで40年間連れ添った。その間に残した相聞歌380首と、新聞や雑誌に掲載されたエッセイを織り込んで夫婦のたどった道のりを振り返る。

 たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか(河野裕子)

 きみに逢う以前のぼくに遭いたくて海へのバスに揺られていたり(永田和宏)

学生時代の激しい恋、 子育てに奮闘する若き日々、家族への思いと夫婦間の葛藤や孤独―。それらをすべてを歌にしてきた。特に河野さんは家事を切り盛りしながら、京都でも夫の研究で渡った米国でも、キッチンテーブルで歌をつくってきた。その幸せを素直に表したのが、この歌がとてもいい。

 ぽぽぽぽと秋の雲浮き子供らはどこか遠くへ遊びに行けり(河野裕子)

そして2000年、妻の乳がん発病が知らされる。闘病の間も歌をつくり続けるふたり。だが、その壮絶な闘病生活に妻は精神のバランスを崩してしまう。家族を巻き込み、それぞれが心身ともに疲れ果てるさまも包み隠さず歌となって記録される。

 一日に何度も笑ふ笑ひ声と笑ひ顔を君に残すため(河野裕子)

 一日が過ぎれば一日減つてゆく君との時間 もうすぐ夏至だ(永田和宏)

がんが転移し、病室で苦しみながら河野さんはそれでも歌をつくり続けたという。ティッシュペーパーの箱や薬袋に書きつけ、いよいよ鉛筆を握る力がなくなると、家族が口述筆記した。最後の最後まで歌人であり、妻であり、母親であろうとした姿が歌に映され、読む者の胸を打つ。最後の一首がこの歌だ。

 手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が(河野裕子)

目の前にある妻の死を逆算するように過ごした残酷な、一方で濃密だったふたりの時間。そこから生まれた宝石のような歌の数々に触れるだけで、もう涙腺決壊である。



たとへば君 四十年の恋歌 (文春文庫)

たとへば君 四十年の恋歌 (文春文庫)

  • 作者: 河野 裕子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2014/01/04
  • メディア: 文庫



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米中激突―戦争か取引か 陳破空、山田智美訳 [新書]

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トランプ米大統領が11月、アジア歴訪した。就任後初めて訪問した中国では、習近平国家主席が故宮を貸し切りにして案内。米中間で90億ドル(約1兆円)の商談もまとまったという。表向きは友好ムードに包まれる中、北朝鮮に核放棄を迫る国際包囲網や中国の対米貿易黒字などの解決には至らず、両国の対立を見せつけた。

今や米国の最大の敵はロシアではなく、中国に変わっている。欧米が築き上げたグローバル戦略をことごとく無視。高い関税設定や知的財産権侵害で経済を肥やし、軍事では周辺国の警告も聞かずに南シナ海への進出に余念がない。「アジア太平洋の覇者は中国」と言いたげだ。

膨張を続ける中国に対し、もはや超大国の米国でも対処できないのか? そんな疑念が世界中で渦巻く中、トランプ大統領を生み出したのは中国だと著者は指摘する。「中国が自分勝手にやりたい放題なのだから、われわれも自分勝手に振る舞ったっていいだろう」と。アジア太平洋の地政学の悪化、各国の軍拡競争、グローバリズムの後退。世界情勢の悪化の根源は中国だと言い切る。

世界はまさにこの米中にロシアを加えた三大パワーのにらみ合いが続く。しかも、トランプ・習近平・プーチンとリーダーたちが予測不能な言動を繰り返す。日本を含めたアジア各国やEUは翻弄されるしかないのが現状だ。

だが、本書では中国がわれわれが思っているほどの強国ではないと指摘する。まずは米国が依然アジアににらみをきかせている点だ。トランプ大統領は台湾を交渉カードとして握っている。「一つの中国」を堅持したい中国に対して揺さぶりをかけるきわめて有効な材料なのだ。また、冷戦時とは真逆の親露外交に舵を切っている点も大きい。中国共産党と太いパイプがあるキッシンジャー元国務長官をロシアに差し向けていることからもそれは明白だ。もし米露の関係が密接になれば、中国は地政学的に挟み撃ちにされてしまう。

そしてもう一つの要因は北朝鮮である。中国であってもコントロール不能なこの小国のミサイルが北京に向いている現状で、経済援助を絶やすことができないジレンマに陥っている。中国には「漢唐盛世」という言葉がある。その栄華をきわめた漢でも北方の小国匈奴、唐もまた西方の吐蕃(チベット)に貢ぎ物を送っていた。金銀財宝のみならず王女や宮女を国王の妻や妾として捧げ、小さな強国を籠絡してきた。それを怠った宋はモンゴルに、明は清に滅ぼされた。現代の中国もまた、その故事と同じ境遇にあることを認識しているのだ。

筆者は天安門事件にリーダーとしてかかわった民主化運動家。現在は米国で政治評論家として活動中だ。読んでいて中国人がここまで中国のことを批判を浴びせるのかと思いながらも、日本人には触れる機会がないインテリジェンスの解説は示唆に富んでいる。

それにしても。世界各国の尊敬を集める国というのは、地球上にはなくなったのだろうか。そんな読後感を抱く本書である。


米中激突 戦争か取引か (文春新書)

米中激突 戦争か取引か (文春新書)

  • 作者: 陳 破空
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2017/07/20
  • メディア: 単行本



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「司馬遼太郎」で学ぶ日本史 磯田道史 [新書]

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司馬遼太郎ほど現代日本人の歴史観に影響を与えた作家はいないだろう。読者を動かし、後世の歴史に影響を及ぼす「歴史をつくる歴史家」だった。「司馬史観」と呼ばれる歴史観は彼の死後も生きている。

その意味では「太平記」の作者の小島法師、「日本外史」の頼山陽、「近世日本国民史」の徳富蘇峰に比される。司馬によって「発見」されたり、評価が変わった歴史上の人物は数多い。「竜馬がゆく」の坂本龍馬を出すまでもないだろう。

それなのに、これまでの歴史学者が司馬を正面から論じることはほとんどなかった。司馬の作品が歴史的資料としてではなく、「文学」として扱われたからだと、人気歴史家の著者は指摘する。膨大な史料を集めて小説を書いたことで知られる司馬だが、もちろんフィクションの部分もある。著者はそれもひっくるめて、司馬が残したメッセージを膨大な作品群の中から読み解いていく。

結論から言うと、司馬の作品群の根底にあるのは、学徒兵として招集された軍隊体験と敗戦体験だという。なぜこんなにも不合理な戦争を行ったのかという痛恨の思いが、日本という国の探究に向かわせた原動力となった。

司馬が得意としていた幕末から明治は「格調の高い精神でささえられたリアリズム」があり、思想が濃密で純化された「圧縮空気」が働いていた時代だった。私を捨て公共のために貫徹する「リアリズムの時代」でもあった。合理的思考を持ち、公共的な精神に富んで使命感を持った人物を司馬は好んだ。坂本龍馬、大村益次郎、秋山真之…。歴史は合理主義者らの働きで切り開かれた。

ところが、昭和という不連続な時代が訪れる。日清戦争で東洋の大国・中国と、日露戦争で欧州の大国・ロシアを破った日本は、アジア列強という強いうぬぼれの中で「合理主義」とは対極の「前例主義」に傾いていく。それこそが、司馬がついに書かなかった昭和前期の「鬼胎(きたい)の時代」である。

本書では、司馬が最後に残したエッセイ「二十一世紀に生きる君たちへ」を紹介している。これからの日本を背負う子どもたちへ「共感性」と「自己の確立」の大切さを説いた。集団の中にひとつの空気の流れができあがると、いかに合理的な個人の理性があっても押し流されてしまう体質。それこそが、日本人の弱みであり、その克服こそが現代人が伝えていかなければならないことだと。

司馬の小説にそんな地下水のように流れるメッセージが潜んでいたと思うと、もう一度読み直してみたくなる。


「司馬遼太郎」で学ぶ日本史 (NHK出版新書 517)

「司馬遼太郎」で学ぶ日本史 (NHK出版新書 517)

  • 作者: 磯田 道史
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2017/05/08
  • メディア: 新書



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氷菓 米澤穂信 [文学]

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原作物の映画が相次いで公開されている。製作コストを抑えられるし、ファンを中心とした動員にも期待ができるメリットがあるらしい。一方で、原作との比較は避けられない。特に登場するキャラクターがイメージ通りかどうか、期待外れならブーイングの嵐だ。ファンの審判が下ることになる。今月、実写版が公開された本書はどうだろうか。原作ファンに加え、2012年にアニメ化されて愛好者層は一気に広がっている。

キャラクターがとても魅力的なのだ。何事にも積極的には関わろうとしない“省エネ”高校生・折木奉太郎。なりゆきで「古典部」に入部し、学校内に潜む不思議な謎を次々と解き明かしていくことになる。彼の背中を押すのは、好奇心旺盛なお嬢さまで古典部部長の千反田える。「わたし、気になります!」の口ぐせが始まると、折木には止められない。それに古典部の仲間たちがからみ、ストーリーに彩りを添える。ちなみに映画ではふたりを山崎賢人と広瀬アリスが演じる。

学校内という狭い空間の中で起こる日常系青春ミステリーだ。いつのまにか密室になった教室。毎週図書館から貸し出される学校誌。あるはずの文集をないと言い張る先輩。そして「氷菓」という題名の文集に秘められた33年前の真実を解き明かすところで、本書のクライマックスを迎える。

この小説の魅力は、単なるミステリーでないところにある。主人公らの高校入学から始まり、夏休みの旅行、学園祭、バレンタインデーとイベントごとに彼らの成長ぶりが読めるからだ。それとともに続編が相次ぎ出版され、シリーズは高校2年の夏休みを描いた6冊目まできた。見せ場は、灰色の高校生活を送ろうとしていた折木が千反田の影響を受け、心を開いて積極的に行動しはじめるところだろう。逆に成績優秀で明朗な非の打ちどころのない美少女・千反田は、実家にからむ「闇」を抱える。それに手を差し伸べるのが折木である。互いに明暗を共有しながら、それを乗り越えようとするふたりが、何ともいじらしい。

作者は山本周五郎賞を受賞し、ヒット作を連発する売れっ子作家。そして大のミステリー愛読者でもある。「古典部シリーズ」の物語の随所にも、アガサ・クリスティーなど往年の名作の仕掛けに着想を得たトリックが隠されている。それを見つけるのも楽しい。文庫本の中にさまざまな魅力がぎっしり詰まっている。そんな1冊である。映画化に伴い、ファン層がまた広がるのではないか。


氷菓 (角川文庫)

氷菓 (角川文庫)

  • 作者: 米澤 穂信
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2001/10/28
  • メディア: 文庫



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「西洋」の終わり ビル・エモット [ノンフィクション]

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挑発的なタイトルである。原題は“The Fate of the West”(西洋の運命)だが、「終わり」を暗示する出来事が度重なる昨今の世界情勢だ。相次ぐテロや内戦は移民問題を深め、欧州の分裂を招いた。今、西洋が繁栄の土台にしてきた「開放性と平等性」が揺らいでいる。非民主主義国の中国の台頭で、西洋が是としてきた国際ルールは通用しなくなってきた。ロシアの近隣への強硬行動には、西欧諸国はなすすべもないように見える。西洋のスタンダードが現代の世界では相容れない。そうした状況が「西洋の終わり」を意味するものだろう。

著者は元「エコノミスト」誌編集長で、知日派として著名な国際ジャーナリストだ。本書で言う「西洋」は欧州+米国という地理区分ではない。日本や韓国も入れた自由民主主義の理念を共有する国家群を指す。戦後、繁栄を享受したが、20世紀終盤から徐々に世界をコントロールする力を失ってきた。さらに、反グローバリズムや排外主義の強い風圧で急速に内向きになり、深刻な境地に陥った。「米国第一」のトランプ大統領の当選、英国の欧州連合(EU)離脱といった最近の出来事がそれを象徴している。

本書は、米国、英国、欧州、日本、スイス、スウェーデンといった挫折を体験した国々をそれぞれ取り上げ、金融危機の後に生じた社会のひずみを修正できずにいる状況を指摘した。特に日本については親日家ゆえに手厳しい。かつて栄華を誇った大手企業は構造改革にもグローバル化にも背を向け、変わろうとしない。経済だけでなく、政治体制もマスメディアも痛みを伴う改革に取り掛かる気配がない。もっと変われるポテンシャルがあるのに、再生のための変化が十分足りていないという。

だからといって「西洋」以外の途上国が、中国やロシアといった非西洋型大国に同調していくとは考えにくい。「西洋は弱い小国にとって脅威ではなく、自由と自立を授けてくれる主体だった」。だから、西洋への支持は弱まることはないと。西洋の抱えた弱さを克服し、再建する道はたやすくはない。西洋の特色「開放性と平等性」を堅持するため、各国の人たちが行動できるかどうかにかかっているということだろう。本書の副題は「世界の繁栄を取り戻すために」である。

今夏、日本語版が出版されて話題になった。だが、ジャーナリストらしい緻密なデータや解説を読み込むのに手こずり、読了に時間がかかってしまった。「西洋の終わり」が来た世界とはどんなものだろう。そんなバカげた世界観を示したくれるのかと思って手に取ったのだが、季節はもう晩秋だ。


「西洋」の終わり 世界の繁栄を取り戻すために

「西洋」の終わり 世界の繁栄を取り戻すために

  • 作者: ビル・エモット
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2017/07/06
  • メディア: 単行本



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ヒャッケンマワリ 竹田昼 [漫画]

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内田百閒ほどエピソードが豊富な文筆家はあまりいないだろう。無類の鉄道好きで、用事もないのに東京から汽車に乗って大阪に行く。芸術院会員を「イヤダカライヤダ」と言って断る。年の瀬にまだ書いていない原稿をカタに出版社に借金をする。その変人奇人ぶりは、師匠の夏目漱石と肩を並べる。

本書は、稀代の名文家・百閒のユーモアあふれるエピソードとその時代を漫画にしたものである。彼の著作物の中にたびたび登場する、琴、酒、煙草、小鳥、鉄道、猫、郷里・岡山の銘菓大手まんじゅうなどが全25編にわたって紹介される。特に鉄道については、国鉄職員であった「ヒマラヤ山系」こと平山三郎氏をお供に目的もない鉄道旅行を楽しんだ「阿房列車」シリーズが有名だが、こうした関係者や文豪仲間たちも漫画の登場人物として登場し、百閒ファンにたまらない1冊だ。

鉄道マニアの百閒が東京駅の一日駅長を依頼される編は秀逸である。報道陣に抱負を聞かれ、こう答える。「部下を粛清する」。そして国鉄幹部を前に訓示を述べる。「駅長の指示に背くものは明日馘首(かくしゅ=首を切る)する」。もちろん、一日駅長だから明日には百閒はいないわけだから、彼一流のユーモアであったのだろう。挙句に特急の見送りだけでは満足できず、自ら列車に乗り、熱海までの旅に出発。東京駅は大騒ぎになる。

百閒の生きた時代は明治・大正・昭和の激動期だ。東京大空襲で居宅を焼失し、隣接する男爵邸内の掘立小屋に移り住んだ。焼け跡を見て「せいせいし又さっぱりせざるを得んや」とあっさり。十年に1回引っ越すのが願いだったから、その手間が省けたと。借金も戦争の災禍もひょうひょうとかわすが、友人たちが戦火に消えると涙が止まらない。

生涯借金にまみれ、わがままで酒飲みで、人の言うことを聞かない。そんな破天荒な文豪先生に周囲は振り回され続けるのだ。ただ、人々はそれを楽しんでいるようにも思える。人間味あふれるエピソードを読むにつけ、私もその輪に入りたくなるのだから。


ヒャッケンマワリ (楽園コミックス)

ヒャッケンマワリ (楽園コミックス)

  • 作者: 竹田昼
  • 出版社/メーカー: 白泉社
  • 発売日: 2017/08/31
  • メディア: コミック



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文明の衝突 サミュエル・ハンチントン [ノンフィクション]

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最近、また本屋で平積みになっているのを見かけた。欧州を中心に世界各国で頻発するテロが続く。特にイスラム主義者と西欧諸国の死闘は出口のないトンネルの中を走っている。そこで再び脚光を浴びているのが、1990年代に米政治学者(故人)が出版した本書というわけだ。

ファシズムや共産主義による世界的な抗争が終わりを告げ、米ソ冷戦も終焉した後の世界政治を突き動かす力学は何か。著者は「文明の衝突」が最も目立つようになるだろうと予言した。世界は八つの文明に分けることができるという。すなわち、西欧・中国・日本・イスラム・ヒンドゥー・スラブ・ラテンアメリカ・アフリカである。日本はこれまで西欧にも中華圏にも染まらず、独自の経済や文化を築いたことから、1カ国で単独の文明を持っている。そして、世界各地で頻発する紛争の原因は「文明の断層線(フォルト・ライン)に沿って起こる」と論じた。

これは同じく米政治家のフランシス・フクヤマの論調と対照的だ。国際社会において西欧型の民主主義と自由経済が最終的に勝利し、安定した政治体制が構築されるため、戦争やクーデターのような歴史的大事件はもはや生じなくなると「歴史の終わり」に書いているからだ。ところが、欧米は自らの普遍的な文化を広めようとしたものの、国力の相対的な低下により、その能力に乏しい。一方で、非西欧型の中国などアジア地域の国々は西欧化するどころかむしろ、急速な経済成長をバックに自分たちの固有の文化に自信を強めている。

特に近年頻発する西欧とイスラム教との衝突は、暴力的な一部過激派に問題があるという見方を著者は否定する。それは「われわれはだれなのか」というアイデンティティーをベースにした闘いだからである。90年代のユーゴスラビアの解体はまさに、分裂した国を挙げての宗教・文化戦争だった。イスラムの国々は敵対しながらも、時には共通の敵である西欧文明に対し、支援を施したり同調する。

それでは日本はどうか。中国の台頭と米国の衰退の中で、中国への同調を強めるのではないかと推察している。日本という国は歴史的に見て不可抗力を受け入れ、最強国との連携を取り持つことを是としている。さらに東アジア圏で米国の影響力が消え、中国が完全な主導権を握れば、むしろ不安定な状況や紛争は減るとしている。そのころには、日本は米国より中国側についているだろうというのだが、それはどうだろうか。著者の言い分はいささか過激に思えるが、いずれにせよ、東アジアのパワーバランスが変動する中で、日本が抜本的な戦略見直しをしないといけないことは理解できる。

ハンチントンの主張は当時、大きな論議を呼び起こしたが、広く社会に受け入れられたわけではない。欧米以外の記述に誤解や曲解が多いからだといわれているが、そもそも西欧文明の普遍性を否定するものだからであろう。異なる宗教と文化を持つ民族は共存も協力もできないという結論を受け入れたくない人も多いはずだ。人間とは異なる文明に不寛容な存在だとしても。



文明の衝突 上 (集英社文庫)

文明の衝突 上 (集英社文庫)

  • 作者: サミュエル ハンチントン
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2017/08/22
  • メディア: 文庫



文明の衝突 下 (集英社文庫)

文明の衝突 下 (集英社文庫)

  • 作者: サミュエル ハンチントン
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2017/08/22
  • メディア: 文庫



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わたしを離さないで カズオ・イシグロ [文学]

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2017年のノーベル文学賞は、長崎県生まれの英国人小説家カズオ・イシグロに決まった。読書家以外の人たちにはなじみの薄い人のようだ。夕方のネットの速報に「え、だれ?」という声が職場のあちこちに上がっていた。耳慣れない日本人名。長年受賞を待ち望んでいた村上春樹ではなくーという疑問も「?」の中に含まれていたのだろう。

同賞発表の夜、近所の本屋をのぞいたら、早速、イシグロ作品のコーナーが出来上がっていた。発表直後で急ごしらえだったから、在庫の本もわずかだ。そんなコーナーの中で一番冊数の多かったのが、本書である。代表作「日の名残り」よりも日本で有名なのは昨年、TBSテレビでドラマ化したからだ。綾瀬はるか主演。当時は視聴率が取れなかったが、ノーベル賞受賞で話題を呼び、近々、CS放送で再放送されるという。

舞台は英国。外界から隔絶した寄宿学校ヘールシャムは、他人に臓器を提供するために生まれてきたクローンの子供たちを育てる施設。キャシー、ルース、トミーは、そこで小さい頃から一緒に過ごしてきた。成長し、ルースとトミーが恋仲になる。トミーに想いを寄せていたキャシーは二人のもとを離れ、3人の絆は壊れてしまう。やがて彼らに「使命を果たす」時が訪れる。ルースの提供が始まる頃、3人は思わぬ再会を果たす。

物語はキャシーが幼少時代からの過去を回想する一人語りで始まる。寄宿舎で繰り広げられるささやかな楽しい出来事やトラブル。どこの世界でありがちな日常がそこにもあった。一方で、施設での奇妙な仕組みにも思いをめぐらす。情操教育のために絵画や詩に力を入れた授業、毎週行われる健康診断、保護官と呼ばれる教師たち。

そしてキャシーが15歳になった時。「映画俳優になりたい」という子どもの声を耳にした先生が真実を告げる。「あなた方の人生はもう決まっています。いずれ臓器提供が始まります。あなた方は一つの目的のためにこの世に生み出されていて、将来は決定済みです。ですから、無益な空想はもうやめなければなりません」

無慈悲で残酷な世界だ。主人公たちの生への願望、生まれてきた意味を問い苦悩する日々。著者の抑制の効いた文体が、それを際立たせる。人は必ず老いて死ぬ。その運命に向き合い、この世界で共有できる時間がとても短いと知った時、われわれが愛おしいと思えるものは何なのか。多くが運命を受け入れて20代で人生を終える「提供者」たちは、その時間を凝縮させてわれわれに見せてくれるのだ。

では、「提供者」たちに人権はないのか。それにはヘールシャムの創設者が答える。「世間はなんとかあなた方のことを考えまいとしました。どうしても考えざるをえないときは、自分たちとは違うのだと思い込もうとしました。完全な人間ではない、だから問題にしなくていい」。ー「あの人たちは私たちと違うのだ」。他者を排除し、都合が悪ければ目を背ける。なかったことにする。今、世界で起こっている難民や宗教を背景とした武力衝突とまったく同じ思考ではないだろうか。

本書はただのSFラブストーリーではなく、人間の普遍的なテーマに入り込もうとしている。どこの世界でも起きうる問題を、日本生まれの英国人作家が12年前に示してくれた。本書のテーマ設定について著者はNHKの番組で「私たちは私たちがつくったものに逆襲されるのですよ。よくあることですけれどね」と語っていたのが印象的だった。

物語はキャシーの回想が現代に追いつくところで終わる。ヘールシャム時代の友人たちを亡くした彼女にも、いずれ避けられない運命が待っていることは想像にたやすい。いつまでも余韻ととともに後を引く作品である。

ちなみに、表題の「わたしを離さないで(NEVER LET ME GO)」は、キャシーが寄宿舎で聞いていたカセットテープの曲名。映像化された時に再現されているが、マーク・ロマネク監督の映画(2010年)に出てくるオールディーズ調の曲より、TBSドラマに使用されたジュリア・ショートリードのジャジーな曲の方が好きだ。


わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

  • 作者: カズオ・イシグロ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2008/08/22
  • メディア: 文庫



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