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木根さんの1人でキネマ アサイ [漫画]

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映画は大好きだ。だが、映画好きの人は得てして鬱陶しい。おすすめ映画を一方的に語る。単館系を愛しロードショー映画をバカにする。こちらが見た映画を人格ごと全否定する。そんな癖のある映画ファンのあるある話を繰り広げるのが、このコメディー漫画だ。

主人公の木根真知子さんは30代独身で恋人なし。趣味は映画鑑賞と感想ブログ。往年の名作には目も向けず、ゾンビ映画などB級ホラーやアクション系ハリウッド作品に心をときめかす。大好きな映画は「マッドマックス 怒りのデス・ロード」だ。同居の佐藤香澄さんは、木根さんの熱い映画トークには興味を示さず冷たくスル―するが、気に入ったものがあると設定の裏まで深読みした分析を語って論破する。

毎回読み切りで映画のタイトルがつく。作品の内容よりも木根さんや職場や友人にまつわるエピソードに紙幅が割かれる。スターウォーズシリーズは何作目から見るべきか熱く語る男性上司たち。ジブリ作品は見ないと漏らした木根さんに驚愕の表情で返す職場の部下ら。「テレビアニメって映画の2軍みたいなものでしょ?」という言葉に激怒し、エヴァンゲリオンシリーズのブルーレイディスクを押し付ける女友達。「1人でキネマ」の題名通り、映画友達が欲しくてたまらなかった木根さんの周りには、気づけば大勢のマニアたちがいたのだ。

映画はかくして人を熱くさせる。侃侃諤諤の映画論争を収めようと木根さんが言う「映画は人それぞれだから」の言葉が、さらに火に油をそそぐのがおかしい。映画愛に満ちた人たちの憎めない鬱陶しさがなぜか愛おしい。



木根さんの1人でキネマ 4 (ヤングアニマルコミックス)

木根さんの1人でキネマ 4 (ヤングアニマルコミックス)

  • 作者: アサイ
  • 出版社/メーカー: 白泉社
  • 発売日: 2017/10/27
  • メディア: コミック



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兼好法師 徒然草に記されなかった真実 小川剛生 [新書]

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教科書を通じてほとんどの日本人が一度は読むことになる名随筆「徒然草」。その作者である兼好法師の素顔は意外と知られていない。私たちが学生だったころは、作者名を「吉田兼好」と習ったが、実は15世紀に吉田神道を確立した神職・吉田兼倶(かねとも)によって、先祖にまつり上げられたことが最近の研究で明らかになっている。

その研究者である著者が、膨大な史料から自身の新説を再論したのが本書である。着目した史料は、神奈川県の寺に伝わる「金沢文庫古文書」だ。そこからは三十近くなっても職も地位もない兼好が浮かび上がる。実名を「卜部(うらべ)兼好」、仮の名を「四郎太郎」と言ったそうだ。作品のイメージとは異なる俗っぽい人間像が垣間見える。後に世俗を捨てて仏門に入ると、自由の身になった兼好は文学的才能を開花させ、京都を舞台に歌壇でも活躍することになる。

徒然草があまりにも有名になったことから、作者兼好のイメージが独り歩きしてきた感がある。そして伝説となった作者を利用する者も出てきて、ますます作者像はねじ曲げられた。もちろん、現代に残る関連史料は限りがあり、それゆえ諸説が生まれる余地を残した。

本書は史料を一つ一つ取り上げて検証していくのだが、原典や専門用語、固有名詞が頻繁に登場し、最後まで目を通すのは骨が折れた。一般向けとはいえ、歴史や兼好に興味のある人向けの研究書といったところだろう。


兼好法師 - 徒然草に記されなかった真実 (中公新書)

兼好法師 - 徒然草に記されなかった真実 (中公新書)

  • 作者: 小川 剛生
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/11/18
  • メディア: 新書



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未来の年表 河合雅司 [新書]

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未来という言葉がバラ色のイメージを持っていたのは、いつまでだっただろうか。多分、前世紀のバブル時代のころまでではなかったか。閉塞感ただよう現代では、未来に希望を持たせるようないい材料が見当たらない。少子高齢化・人口減少社会と言われて久しい。かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた経済力も衰退気味だ。「灰色の」と言った方がいいかもしれない未来はどんなふうになるのか。

本書のサブタイトルは、「人口減少日本でこれから起きること」である。今後50年でどんな問題に直面するかを時系列を追って分かりやすく整理している。それによると、1億2千万人余の日本人口は、40年後には9000万人になり、100年もたたないうちに5000万人ほどに減るという。日本は世界史では類例のない急激な人口減問題に直面しているのだ。

数年後には労働人口の落ち込みで技術大国日本の地位が揺らぐ。10年もすると、認知症患者が700万人を突破する。その後は、地方から百貨店や銀行が消滅。深刻な火葬場不足に陥り、自治体の半数がなくなり、人が住まなくなった国土を外国人が占拠する―。目を覆わんばかりの問題は、明日急に来るわけではない。人口減少にまつわる日々の変化というのは、極めてわずかである。ゆっくりとではあるが、確実に国民社会を蝕んでいく。それは国家を根底から揺るがす「静かなる有事」なのだ。

筆者は、産経新聞論説委員。膨大な資料やデータを読み込み、人口減少社会の構造的な問題を解き明かす。例えば独居老人世帯が増えるのは、核家族化や配偶者の死去といった単純な問題ではないという。未婚者の増加や離婚の増加といった要素も複雑に絡み、想像以上に急速に進む。そうすると、これまでのような国や自治体の施策は通用しない。例えば、人口増加を前提としたプランは立てても無駄。老人ホームでなく住み慣れた地域の協力を得て暮らし続ける「地域包括システム」は、独居老人の急増や女性の社会進出を背景に、制度そのものが成り立たなくなるのだと指摘する。

2025年にはついに首都・東京も人口減に向かう。若者の人口流入を受け入れてきたから、高齢者予備軍も当然多い。しかも、地方で独り暮らしになった親を呼び寄せるため、倍々ゲームで高齢者は増えていく。ところが、ビジネス中心のまちづくりを優先してきたため、やがて来るのが「東京医療・介護地獄」だ。

著者は、避けては通れない人口減社会の到来を前提に、今から日本を戦略的に縮める準備を勧める。政治家らリーダーたちがそれに気づき、着実に対策を進めれば、バラ色とは言わないが、光が見える未来が来るはずだと。


未来の年表 人口減少日本でこれから起きること (講談社現代新書)

未来の年表 人口減少日本でこれから起きること (講談社現代新書)

  • 作者: 河合 雅司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/06/14
  • メディア: 新書



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星ちりばめたる旗 小手鞠るい [文学]

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日系米国人3世代にわたる100年間の家族の物語である。1916年、岡山出身の佳乃が同郷の大原幹三郎(大原美術館の創設者・大原孫三郎をもじったの?)のもとへ嫁ぐため、米国に渡って以来、日本人として米国人としてのアイデンティティーに悩まされながら、「敵国人」として迫害を受けた太平洋戦争を経て生き抜く姿を描く。スポットライトが当たるのは、佳乃とその末っ子ハンナ、そして現代に生きる孫のジュンコという母娘だ。

夢と不安と希望を胸に米国に渡った佳乃の世代。そして戦争の激化に伴い、子供達とともに米国内に設けられた強制収用所送りに。日本人であることが罪になる時代だ。それゆえ、幼い頃に戦時期を過ごした末っ子のハンナは日本語や日本的な生活習慣を一切捨て、米国人として生きていくよう子供たちを教育する。だが何の因果か、子供たちのうちジュンコだけが日本に惹かれ、親に隠れて日本語を勉強し、出版社の編集者になる。

物語は佳乃・ハンナの戦前戦後期と、ジュンコを語り部とする現代を行き来する。そして家族の歴史の糸が手繰り寄せられ、ジュンコを思わぬ出会いに誘う。このあたり、時空を超えた家族の物語は、ストーリーテラーの名手・小手鞠るいさんのお手のものの手法である。

自分は日本人なのか、米国人なのか。日系移民たちの苦悩が描かれる。ジュンコはハンナの残した言葉を反芻する。「何者でもない者として生まれてきた小さき者が、何者かになろうとして懸命に努力し、結局何者にもなれないまま死んでいったとしても、その人が生きてきた時間は、決して無駄なものではないのです」。流星のように輝いて散る人々の歴史の先に、私たちがいるのだ。

広島原爆投下の是非など日本で語られているのとは全く違う米国側からの歴史認識。立ち位置が変われば、世界の見方も変わる。さて、年が明けて米国ではトランプ政権が2年目を迎えた。相変わらず、「対話より分断と差別」の姿勢である。アジアで、ヨーロッパで、米国で、民族と宗教を背景とした対立が激しさを増す。その図式は姿を変え、形を変え、100年たっても変わりそうもない。そんな現代だからこそ、本書のような物語の存在感が増してくる。


星ちりばめたる旗

星ちりばめたる旗

  • 作者: 小手鞠 るい
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2017/09/14
  • メディア: 単行本



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少女終末旅行 つくみず [漫画]

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ディストピア(ユートピア=理想郷の反対の社会)小説や映画が盛んである。この手の作品は世紀末の終末思想とともに流行するものであるが、まだ20世紀前半になぜもてはやされるのだろうか。きっと東西冷戦終結の後も続くテロや内戦、北朝鮮の傍若無人ぶりを見ていると、世の中は確実に終末に向かっていると思ってしまうのだろう。

この漫画は、文明が崩壊した終末世界を生きる2人の少女のお話である。激しい戦争の後、廃墟になった都市の中を、チトとユーリは半装軌車・ケッテンクラートに乗り、食料と燃料を求めてさまよう。その旅の道中で、わずかに生き残った人たちや、寺院や工場といった文明の痕跡に出会う。

自然界にはもう動植物が死滅している。地球の終わりが近い。食料は倉庫の中から戦闘用の固形食(レーション)が頼りだ。それでも彼女たちは屈託がない。偶然見つけたチョコレートや魚を食べた時の喜び。配管のお湯を利用してお風呂に入れた時の笑顔。終末を忘れさせるような、ほのぼのとした日常が彼女たちを包む。今まで見たことがない風景に感動し、時にじゃれあったり、けんかしたり。一番大切なのは、ふたりで今日を生きることなのだ。

もちろん、彼女たちが無敵なわけがない。相棒とはぐれた時の心細さ、世界にたった独りになってしまうことの怖さが伝わってくる。

連載は新潮社のウェブコミック「くらげバンチ」で読むことができる。年明けには最終回を迎えるのだが、彼女たちを照らす頭上の光がどんな運命をもたらすのか。ディストピア世界の中にもわずかな希望の光を消さないでほしい。2人とともに旅を続けてきた一読者としての願いである。


少女終末旅行 1 (BUNCH COMICS)

少女終末旅行 1 (BUNCH COMICS)

  • 作者: つくみず
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/11/08
  • メディア: コミック



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たゆたえども沈まず 原田マハ [文学]

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今年は「ゴッホ・イヤー」なのだろうか。10月から映画「ゴッホ 最期の手紙」の公開が始まり、東京都美術館では「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」が開催されている。そして、本書である。アート小説というジャンルを切り開いた彼女の新作の主人公は、ゴッホである。

舞台は19世紀末のパリ。伝統的な絵画から印象派がしだいに受け入れられるようになった時代。後にポスト印象派の旗手として歴史に名を残すフィンセント・ゴッホはまだ無名の画家だった。彼を献身的に支えた弟で画商のテオ。そしてこの兄弟を支えることになる美術商・林忠正と助手の加納重吉。物語はこの4人の友情を軸に展開していく。

東洋と西洋の出会いは、原田の得意とする題材のひとつである。昨年発表した「リーチ先生」では、英国人陶芸家バーナード・リーチと美学者柳宗悦が衝突する場面が印象的だった。今回は日本の浮世絵をはじめとするジャポニズムがパリの美術界、とりわけ印象派やそれに続くゴッホたちに強い影響を与えたことが物語の底流にある。

ゴッホがなぜ西洋美術の中でとりわけ日本で受け入れられるのか? そこには江戸期の日本美術のDNAが埋め込まれているからだと筆者はみているようだ。だから日本美術を世界に売り込んだことで知られる林忠正を役者として立てた。実際にゴッホ兄弟と接点があったかどうか不明だが、そこは史実をベースにフィクションを組み立てる原田ならではの手法で読者を引き込む。そして林の功績に光を当てるために、架空の助手・加納重吉を舞台に上げた。林はジャポニズムに憧れ、日本に渡航したいと願うゴッホに、「あなた自身の日本を見つけ出すべきだ」と国内でモチーフを探すことを強く勧める。

本書には「暗幕のゲルニカ」の時のような謎解きやどんでん返しはない。ゴッホが自らの芸術を見出し、精神を病んで耳を切り、拳銃自殺する―。その史実は変わらないので、ネタバレもない。ただ、そこに至るまでのゴッホの苦悩や喜び、友人たちとの確執などの人間模様が描かれるだけだ。タイトルの「たゆたえども沈まず」とは、幾度の洪水にも耐えて来たパリの街であり、ゴッホが描きたかったセーヌ川を差すのだが、決して順風満帆ではなかったゴッホ兄弟を暗示しているようにも思える。


たゆたえども沈まず

たゆたえども沈まず

  • 作者: 原田 マハ
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2017/10/25
  • メディア: 単行本



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寝る前に読む一句、二句。 夏井いつき・ローゼン千津 [文学]

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夏井いつきという俳人を知ったのは、著書の「絶滅寸前季語辞典」と「絶滅危急季語辞典」である。俳句には季語が不可欠だが、時代の変化につれて自然や生活から消えていくものもある。例えば、蚕(かいこ)やハエたたきなど。絶滅に瀕している季語を使って新しい俳句をつくれば、季語を保存できるのではないか。そんな季語と俳句を列挙した辞典である。それぞれの季語の項目に付け加えられたエッセイがざっくばらんで面白く、ページが進んだ。

彼女はいまや、日本で一番有名な俳句解説者であろう。比較的昔からの夏井ファンからすると、最近、TBSテレビ番組「プレバト!」に出演して人気を集める彼女を見るにつけ、隔世の感がある。書店ではいぜんは探さないと目に入らなかった著書が平積みしてあるし、売れ行きも好調のようだ。本書もその延長線上にあるといっていい。夏井さんがセレクトした名句を初心者でも楽しめるようにした「啓発本」である。

俳句解説の話し相手は、妹で俳人のローゼン千津さん。地元松山で活動する夏井さんとは対照的に国際的チェリストの夫と結婚し、世界を飛び回る。この姉妹の俳句に合わせたぶっちゃけトークは、死ぬまでにやりたい「棺桶リスト」から、経験者は語る「熟年離婚」の話まで多岐にわたる。「いつの間にがらりと涼しチョコレート」(星野立子)の名句について、「これは明治のマーブルチョコレートに違いない」などと思わぬ方向へ話はダッチロールしていく。

姉妹の会話から夏井さん一家のプライベートな側面が垣間見れて楽しいし、ふたりの俳句に関する知識は相当なものだ。だが、まったく俳句の勉強にはならず、啓発本でも教養本でもないことは断言できる。基本的に延々と雑談が続くのだ。タイトルの通り、寝る前に一句、二句、イラスト付きの俳句を眺めながら自分なりの空想を膨らます。雑談が心地よいノイズとなって包んでくれるかもしれない。


寝る前に読む 一句、二句。 - クスリと笑える、17音の物語 -

寝る前に読む 一句、二句。 - クスリと笑える、17音の物語 -

  • 作者: 夏井 いつき
  • 出版社/メーカー: ワニブックス
  • 発売日: 2017/10/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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たとへば君―四十年の恋歌 河野裕子・永田和宏 [文学]

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当ブログを立ち上げた時、最初に取り上げたのが河野裕子さんの「現代うた景色」だった。有名歌人から投稿のものまでお気に入りの短歌を選び、折々の季節や世相といった現代の風景に重ね合わせて解説するアンソロジー(選集)である。いずれも胸を打つ歌の数々を選び出す選球眼というか、選歌眼ともいうべきセンスに感心したものだ。ページをめくりながら、この戦後の女性短歌のトップランナーがどんな人だったのか知りたくて手にしたのが、この本である。

本書が世に出たのは、彼女は他界した翌年の2011年である。享年64歳。晩年は乳がんと闘い、その境涯を多く歌に詠んだ。本の編集に携わったのは、夫であり、同じく歌人あり、科学者の永田和宏さんだ。ふたりは大学生時代に京都で出会い、結婚し、妻の死まで40年間連れ添った。その間に残した相聞歌380首と、新聞や雑誌に掲載されたエッセイを織り込んで夫婦のたどった道のりを振り返る。

 たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか(河野裕子)

 きみに逢う以前のぼくに遭いたくて海へのバスに揺られていたり(永田和宏)

学生時代の激しい恋、 子育てに奮闘する若き日々、家族への思いと夫婦間の葛藤や孤独―。それらをすべてを歌にしてきた。特に河野さんは家事を切り盛りしながら、京都でも夫の研究で渡った米国でも、キッチンテーブルで歌をつくってきた。その幸せを素直に表したのが、この歌がとてもいい。

 ぽぽぽぽと秋の雲浮き子供らはどこか遠くへ遊びに行けり(河野裕子)

そして2000年、妻の乳がん発病が知らされる。闘病の間も歌をつくり続けるふたり。だが、その壮絶な闘病生活に妻は精神のバランスを崩してしまう。家族を巻き込み、それぞれが心身ともに疲れ果てるさまも包み隠さず歌となって記録される。

 一日に何度も笑ふ笑ひ声と笑ひ顔を君に残すため(河野裕子)

 一日が過ぎれば一日減つてゆく君との時間 もうすぐ夏至だ(永田和宏)

がんが転移し、病室で苦しみながら河野さんはそれでも歌をつくり続けたという。ティッシュペーパーの箱や薬袋に書きつけ、いよいよ鉛筆を握る力がなくなると、家族が口述筆記した。最後の最後まで歌人であり、妻であり、母親であろうとした姿が歌に映され、読む者の胸を打つ。最後の一首がこの歌だ。

 手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が(河野裕子)

目の前にある妻の死を逆算するように過ごした残酷な、一方で濃密だったふたりの時間。そこから生まれた宝石のような歌の数々に触れるだけで、もう涙腺決壊である。



たとへば君 四十年の恋歌 (文春文庫)

たとへば君 四十年の恋歌 (文春文庫)

  • 作者: 河野 裕子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2014/01/04
  • メディア: 文庫



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米中激突―戦争か取引か 陳破空、山田智美訳 [新書]

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トランプ米大統領が11月、アジア歴訪した。就任後初めて訪問した中国では、習近平国家主席が故宮を貸し切りにして案内。米中間で90億ドル(約1兆円)の商談もまとまったという。表向きは友好ムードに包まれる中、北朝鮮に核放棄を迫る国際包囲網や中国の対米貿易黒字などの解決には至らず、両国の対立を見せつけた。

今や米国の最大の敵はロシアではなく、中国に変わっている。欧米が築き上げたグローバル戦略をことごとく無視。高い関税設定や知的財産権侵害で経済を肥やし、軍事では周辺国の警告も聞かずに南シナ海への進出に余念がない。「アジア太平洋の覇者は中国」と言いたげだ。

膨張を続ける中国に対し、もはや超大国の米国でも対処できないのか? そんな疑念が世界中で渦巻く中、トランプ大統領を生み出したのは中国だと著者は指摘する。「中国が自分勝手にやりたい放題なのだから、われわれも自分勝手に振る舞ったっていいだろう」と。アジア太平洋の地政学の悪化、各国の軍拡競争、グローバリズムの後退。世界情勢の悪化の根源は中国だと言い切る。

世界はまさにこの米中にロシアを加えた三大パワーのにらみ合いが続く。しかも、トランプ・習近平・プーチンとリーダーたちが予測不能な言動を繰り返す。日本を含めたアジア各国やEUは翻弄されるしかないのが現状だ。

だが、本書では中国がわれわれが思っているほどの強国ではないと指摘する。まずは米国が依然アジアににらみをきかせている点だ。トランプ大統領は台湾を交渉カードとして握っている。「一つの中国」を堅持したい中国に対して揺さぶりをかけるきわめて有効な材料なのだ。また、冷戦時とは真逆の親露外交に舵を切っている点も大きい。中国共産党と太いパイプがあるキッシンジャー元国務長官をロシアに差し向けていることからもそれは明白だ。もし米露の関係が密接になれば、中国は地政学的に挟み撃ちにされてしまう。

そしてもう一つの要因は北朝鮮である。中国であってもコントロール不能なこの小国のミサイルが北京に向いている現状で、経済援助を絶やすことができないジレンマに陥っている。中国には「漢唐盛世」という言葉がある。その栄華をきわめた漢でも北方の小国匈奴、唐もまた西方の吐蕃(チベット)に貢ぎ物を送っていた。金銀財宝のみならず王女や宮女を国王の妻や妾として捧げ、小さな強国を籠絡してきた。それを怠った宋はモンゴルに、明は清に滅ぼされた。現代の中国もまた、その故事と同じ境遇にあることを認識しているのだ。

筆者は天安門事件にリーダーとしてかかわった民主化運動家。現在は米国で政治評論家として活動中だ。読んでいて中国人がここまで中国のことを批判を浴びせるのかと思いながらも、日本人には触れる機会がないインテリジェンスの解説は示唆に富んでいる。

それにしても。世界各国の尊敬を集める国というのは、地球上にはなくなったのだろうか。そんな読後感を抱く本書である。


米中激突 戦争か取引か (文春新書)

米中激突 戦争か取引か (文春新書)

  • 作者: 陳 破空
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2017/07/20
  • メディア: 単行本



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「司馬遼太郎」で学ぶ日本史 磯田道史 [新書]

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司馬遼太郎ほど現代日本人の歴史観に影響を与えた作家はいないだろう。読者を動かし、後世の歴史に影響を及ぼす「歴史をつくる歴史家」だった。「司馬史観」と呼ばれる歴史観は彼の死後も生きている。

その意味では「太平記」の作者の小島法師、「日本外史」の頼山陽、「近世日本国民史」の徳富蘇峰に比される。司馬によって「発見」されたり、評価が変わった歴史上の人物は数多い。「竜馬がゆく」の坂本龍馬を出すまでもないだろう。

それなのに、これまでの歴史学者が司馬を正面から論じることはほとんどなかった。司馬の作品が歴史的資料としてではなく、「文学」として扱われたからだと、人気歴史家の著者は指摘する。膨大な史料を集めて小説を書いたことで知られる司馬だが、もちろんフィクションの部分もある。著者はそれもひっくるめて、司馬が残したメッセージを膨大な作品群の中から読み解いていく。

結論から言うと、司馬の作品群の根底にあるのは、学徒兵として招集された軍隊体験と敗戦体験だという。なぜこんなにも不合理な戦争を行ったのかという痛恨の思いが、日本という国の探究に向かわせた原動力となった。

司馬が得意としていた幕末から明治は「格調の高い精神でささえられたリアリズム」があり、思想が濃密で純化された「圧縮空気」が働いていた時代だった。私を捨て公共のために貫徹する「リアリズムの時代」でもあった。合理的思考を持ち、公共的な精神に富んで使命感を持った人物を司馬は好んだ。坂本龍馬、大村益次郎、秋山真之…。歴史は合理主義者らの働きで切り開かれた。

ところが、昭和という不連続な時代が訪れる。日清戦争で東洋の大国・中国と、日露戦争で欧州の大国・ロシアを破った日本は、アジア列強という強いうぬぼれの中で「合理主義」とは対極の「前例主義」に傾いていく。それこそが、司馬がついに書かなかった昭和前期の「鬼胎(きたい)の時代」である。

本書では、司馬が最後に残したエッセイ「二十一世紀に生きる君たちへ」を紹介している。これからの日本を背負う子どもたちへ「共感性」と「自己の確立」の大切さを説いた。集団の中にひとつの空気の流れができあがると、いかに合理的な個人の理性があっても押し流されてしまう体質。それこそが、日本人の弱みであり、その克服こそが現代人が伝えていかなければならないことだと。

司馬の小説にそんな地下水のように流れるメッセージが潜んでいたと思うと、もう一度読み直してみたくなる。


「司馬遼太郎」で学ぶ日本史 (NHK出版新書 517)

「司馬遼太郎」で学ぶ日本史 (NHK出版新書 517)

  • 作者: 磯田 道史
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2017/05/08
  • メディア: 新書



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