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現代の世界と個人を結ぶのはアニメか 「サブカルの想像力は資本主義を超えるか」大澤真幸 [批評]

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2016年は、日本のサブカルチャーシーンにとってエポックメーキングな年だった。「シン・ゴジラ」「君の名は。」「この世界の片隅に」と、邦画の記録を塗り替えるヒット作が相次いだ。いずれの作品もストーリーの山場にカタストロフな場面が登場することから、東日本大震災と結びつけた社会批評が、山のように生まれた。

気鋭の社会学者による本書は、さらに大風呂敷を広げて、こうした日本の転換期を暗示するサブカルチャー作品群と社会との結びつきを大胆な分析で解き明かしていく。例えば、「君の名は。」は「エヴァンゲリオン」シリーズと同様に、普通の男女が世界を大事件から救うという「セカイ系」アニメだが、その恋愛の形に着目する。

「月9」の恋愛ドラマが敬遠される現代にあって、無関係だった男女が近づき合い、濃厚な関係性をつくっていくという恋愛アプローチが陳腐になってしまった。その点、「君の名は。」はいきなり男女が入れ替わり、これ以上ない近さから物語が始まる。同時に、東京と地方、時間のずれから「乗り越えられない距離のもどかしさ」も抱える。恋愛不在のカルチャーに「過剰なまでに純粋な恋愛物の大ヒット」が共存しているのが現代なのだ。

「シン・ゴジラ」は、米国なしには何事も対処できない日本が描かれる。そこには原発の危険性も第2次世界大戦の敗戦も「事実としては知っていたけれども信じていなかった」日本人のイメージと重ねて論じられる。

本書の書名は、半径3メートルの親密圏と世界をつなぐものは何か?という問いかけに起因する。本来、それは学問のはずだった。だが、それは若者にとって魅力的ではない。その代役を果たすのが、サブカルチャーの想像力だと著者は指摘する。資本主義が終焉を迎えると言われて久しい。では資本主義はどこにいくのか? 「知っていたけれども信じていなかった」われわれの目を覚まさせ、その想像力を生み出す源泉こそがサブカルチャーなのだろう。そうであるなら、義務教育に英語やプログラムを導入する前に、アニメを採用したほうがいいんじゃない?と突っ込みたくなるのだが。


サブカルの想像力は資本主義を超えるか

サブカルの想像力は資本主義を超えるか

  • 作者: 大澤 真幸
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/03/22
  • メディア: 単行本



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