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「死」から始まる物語 「さざなみのよる」 木皿泉 [文学]

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50歳を過ぎたころから、「死」というものに向き合うようになった。毎年多くの先輩を送り、自分自身も人生の持ち時間が残り少なくなっている。今さら死後の世界を信じるわけではないし、自分の存在が消えてしまうことは分かっている。「その瞬間」はどんななのだろうか。自分の意識がすべて消え、真っ暗な闇と同化してしまうことに恐怖感を覚えてしまうのは私だけだろうか。

本書は、主人公・小国ナスミが癌で息を引き取るところから始まる連作短編小説である。家族や友人、かつての勤め先の知人らが病院や実家に駆け付け、彼女にまつわる思い出を語る。享年43歳。富士山ろくのつぶれかけの個人経営スーパーを切り盛りしていた平凡な女性だ。一見何のとりえもない彼女だが、思い返していくと助けられたり、勇気づけられたりしていたことに、みんなが気付いていく。その連鎖は本書のタイトルのように、さざなみのように広がっていく。

どんな凡人でも生きているかぎり、その命の輝きに誰かが触れるときがある。ナスミの短く濃厚な人生とかかわった人たちはそれに気づいた時、涙を抑えることができないのだ。翻って、自分にそんな人がいるのだろうかと思う。いや、どうかな。それでも死後に待っているのは闇だけではないと、読了後に勇気づけられたような気がする。

ちなみに私は見ていないが、本書はNHKで2016、2017年に正月ドラマとして放送された「富士ファミリー」のスピンオフだ。ドラマではナスミは既に死んでいて、残された家に幽霊として出てくる設定だ。「死」の背景を描くことで、「生」の力強さを際立たせる。喪失と再生の物語でもある。木皿流の世界観がよく出た一冊だった。



さざなみのよる

さざなみのよる

  • 作者: 木皿 泉
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2018/04/18
  • メディア: 単行本



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ギリシア人の物語3 新しき力 塩野七生 [文学]

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歴史作家・塩野七生さんの「ギリシア人の物語」シリーズが完結。半世紀の間取り組んできた歴史エッセイの最終巻だと80歳の作家は名言している。代表作「ローマ人の物語」シリーズで描かれたローマ時代よりさらに昔のギリシアを舞台に、民主政治のはじまりから若き英雄・アレクサンドロスの人生の終焉までをたどったのが本シリーズである。

最終巻でスポットが当たるアレクサンドロス大王は、英語ならアレクサンダー。イタリア語ではアレッサンドロ、略称ならアレックス。この名を今でも欧米でつける人が絶えないのはなぜか。人類史上まれな英雄にどんな魅力があるのか。その問いが本書の底流にある。アリストテレスの弟子として哲学を学び、ギリシャ辺境の地と呼ばれたマケドニアからギリシアの覇者となった父王フィリッポスの跡を継ぎ、20代でエジプトやペルシャ帝国の征服を果たす。広大なオリエント世界をヨーロッパに引き寄せる役割を担ったのだ。

アレクサンドロスは武人として優れていただけではない。征服した国の人間を取り立てたり、国際結婚を奨励して融和を図ったり、戦争勝利後のガバナンス(統治)に力を注いだ。好奇心旺盛で先進的な考えの持ち主でもあった。

それにしても、ギリシャ人の名前や地名が次々出てきて読了には時間がかかった。地図や年表は理解を助けてくれたが、登場人物の写真がすべて彫刻(当たり前か)。塩野七生ファンの自民党の小泉進次郎氏は1冊3200円の本書に「もっと払いたい」と絶賛しているが、私の場合は読解力がなかったのか…。


ギリシア人の物語III 新しき力

ギリシア人の物語III 新しき力

  • 作者: 塩野 七生
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/12/15
  • メディア: 単行本



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君たちはどう生きるか 吉野源三郎 [文学]

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漫画版が今年1月に100万部を突破するヒットになっている話題の書だ。流行に便乗して、原作を手に取った。多くの人がレビューしているから、知らない人は少ないだろう。

東京に住む主人公のコペル君こと本田潤一は、中学2年生の15歳。近所に頼りになる叔父さんがいる。大学を出てからまだ間もない法学士。多感な年ごろのコペル君は、学校での出来事や交友関係の悩みのことなど、何でも打ち明ける。それについて気づいたことを叔父さんが、後にコペル君に送ることとなるノートに書き留めるという構成だ。

ある日、友達を裏切り、悔恨の思いに打ちひしがれるコペル君に叔父さんは語る。「僕たちは、自分で自分を決定する力をもっている。だから、誤りから立ち直ることも出来るのだ」。何という立派な叔父さんだろう。ナポレオンやガンダーラの仏像など古今東西のエピソードを挙げては、平易な言葉でコペル君を導く。幼いころにこんな叔父さんが身近にいたら、自分も少しはまともな大人になったのではないかとうらやましく思ってしまう。

軍靴が響く1937年、「日本少国民文庫」の1冊として出版された。著書は雑誌「世界」の初代編集長を務めた昭和の進歩的知識人・吉野源三郎。言論の自由が束縛される中、少年少女には訴える余地が残っており、せめて若者には時勢の影響から守りたいという作家・山本有三の依頼で執筆した。

本の中で叔父さんは、コペル君に「立派な大人になれ」という。それはどんな大人か。「自分で考え、自分の言葉で語れる人間」だという。暗い時代になっても権力に押しつぶされようとしても、時流に流されることのない人間に―。そんな著者の訴えが行間から伝わってくるようだ。

その訴えは80年余経ても色あせることはない。得た経験から 「本質」 を理解すること、他人から教えられるのではなく自らの頭で考えること。私たちはどう生きるか、普遍的な命題が問い続ける。


【文庫 】君たちはどう生きるか (岩波文庫)

【文庫 】君たちはどう生きるか (岩波文庫)

  • 作者: 吉野 源三郎
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1982/11/16
  • メディア: 文庫



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星ちりばめたる旗 小手鞠るい [文学]

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日系米国人3世代にわたる100年間の家族の物語である。1916年、岡山出身の佳乃が同郷の大原幹三郎(大原美術館の創設者・大原孫三郎をもじったの?)のもとへ嫁ぐため、米国に渡って以来、日本人として米国人としてのアイデンティティーに悩まされながら、「敵国人」として迫害を受けた太平洋戦争を経て生き抜く姿を描く。スポットライトが当たるのは、佳乃とその末っ子ハンナ、そして現代に生きる孫のジュンコという母娘だ。

夢と不安と希望を胸に米国に渡った佳乃の世代。そして戦争の激化に伴い、子供達とともに米国内に設けられた強制収用所送りに。日本人であることが罪になる時代だ。それゆえ、幼い頃に戦時期を過ごした末っ子のハンナは日本語や日本的な生活習慣を一切捨て、米国人として生きていくよう子供たちを教育する。だが何の因果か、子供たちのうちジュンコだけが日本に惹かれ、親に隠れて日本語を勉強し、出版社の編集者になる。

物語は佳乃・ハンナの戦前戦後期と、ジュンコを語り部とする現代を行き来する。そして家族の歴史の糸が手繰り寄せられ、ジュンコを思わぬ出会いに誘う。このあたり、時空を超えた家族の物語は、ストーリーテラーの名手・小手鞠るいさんのお手のものの手法である。

自分は日本人なのか、米国人なのか。日系移民たちの苦悩が描かれる。ジュンコはハンナの残した言葉を反芻する。「何者でもない者として生まれてきた小さき者が、何者かになろうとして懸命に努力し、結局何者にもなれないまま死んでいったとしても、その人が生きてきた時間は、決して無駄なものではないのです」。流星のように輝いて散る人々の歴史の先に、私たちがいるのだ。

広島原爆投下の是非など日本で語られているのとは全く違う米国側からの歴史認識。立ち位置が変われば、世界の見方も変わる。さて、年が明けて米国ではトランプ政権が2年目を迎えた。相変わらず、「対話より分断と差別」の姿勢である。アジアで、ヨーロッパで、米国で、民族と宗教を背景とした対立が激しさを増す。その図式は姿を変え、形を変え、100年たっても変わりそうもない。そんな現代だからこそ、本書のような物語の存在感が増してくる。


星ちりばめたる旗

星ちりばめたる旗

  • 作者: 小手鞠 るい
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2017/09/14
  • メディア: 単行本



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たゆたえども沈まず 原田マハ [文学]

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今年は「ゴッホ・イヤー」なのだろうか。10月から映画「ゴッホ 最期の手紙」の公開が始まり、東京都美術館では「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」が開催されている。そして、本書である。アート小説というジャンルを切り開いた彼女の新作の主人公は、ゴッホである。

舞台は19世紀末のパリ。伝統的な絵画から印象派がしだいに受け入れられるようになった時代。後にポスト印象派の旗手として歴史に名を残すフィンセント・ゴッホはまだ無名の画家だった。彼を献身的に支えた弟で画商のテオ。そしてこの兄弟を支えることになる美術商・林忠正と助手の加納重吉。物語はこの4人の友情を軸に展開していく。

東洋と西洋の出会いは、原田の得意とする題材のひとつである。昨年発表した「リーチ先生」では、英国人陶芸家バーナード・リーチと美学者柳宗悦が衝突する場面が印象的だった。今回は日本の浮世絵をはじめとするジャポニズムがパリの美術界、とりわけ印象派やそれに続くゴッホたちに強い影響を与えたことが物語の底流にある。

ゴッホがなぜ西洋美術の中でとりわけ日本で受け入れられるのか? そこには江戸期の日本美術のDNAが埋め込まれているからだと筆者はみているようだ。だから日本美術を世界に売り込んだことで知られる林忠正を役者として立てた。実際にゴッホ兄弟と接点があったかどうか不明だが、そこは史実をベースにフィクションを組み立てる原田ならではの手法で読者を引き込む。そして林の功績に光を当てるために、架空の助手・加納重吉を舞台に上げた。林はジャポニズムに憧れ、日本に渡航したいと願うゴッホに、「あなた自身の日本を見つけ出すべきだ」と国内でモチーフを探すことを強く勧める。

本書には「暗幕のゲルニカ」の時のような謎解きやどんでん返しはない。ゴッホが自らの芸術を見出し、精神を病んで耳を切り、拳銃自殺する―。その史実は変わらないので、ネタバレもない。ただ、そこに至るまでのゴッホの苦悩や喜び、友人たちとの確執などの人間模様が描かれるだけだ。タイトルの「たゆたえども沈まず」とは、幾度の洪水にも耐えて来たパリの街であり、ゴッホが描きたかったセーヌ川を差すのだが、決して順風満帆ではなかったゴッホ兄弟を暗示しているようにも思える。


たゆたえども沈まず

たゆたえども沈まず

  • 作者: 原田 マハ
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2017/10/25
  • メディア: 単行本



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寝る前に読む一句、二句。 夏井いつき・ローゼン千津 [文学]

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夏井いつきという俳人を知ったのは、著書の「絶滅寸前季語辞典」と「絶滅危急季語辞典」である。俳句には季語が不可欠だが、時代の変化につれて自然や生活から消えていくものもある。例えば、蚕(かいこ)やハエたたきなど。絶滅に瀕している季語を使って新しい俳句をつくれば、季語を保存できるのではないか。そんな季語と俳句を列挙した辞典である。それぞれの季語の項目に付け加えられたエッセイがざっくばらんで面白く、ページが進んだ。

彼女はいまや、日本で一番有名な俳句解説者であろう。比較的昔からの夏井ファンからすると、最近、TBSテレビ番組「プレバト!」に出演して人気を集める彼女を見るにつけ、隔世の感がある。書店ではいぜんは探さないと目に入らなかった著書が平積みしてあるし、売れ行きも好調のようだ。本書もその延長線上にあるといっていい。夏井さんがセレクトした名句を初心者でも楽しめるようにした「啓発本」である。

俳句解説の話し相手は、妹で俳人のローゼン千津さん。地元松山で活動する夏井さんとは対照的に国際的チェリストの夫と結婚し、世界を飛び回る。この姉妹の俳句に合わせたぶっちゃけトークは、死ぬまでにやりたい「棺桶リスト」から、経験者は語る「熟年離婚」の話まで多岐にわたる。「いつの間にがらりと涼しチョコレート」(星野立子)の名句について、「これは明治のマーブルチョコレートに違いない」などと思わぬ方向へ話はダッチロールしていく。

姉妹の会話から夏井さん一家のプライベートな側面が垣間見れて楽しいし、ふたりの俳句に関する知識は相当なものだ。だが、まったく俳句の勉強にはならず、啓発本でも教養本でもないことは断言できる。基本的に延々と雑談が続くのだ。タイトルの通り、寝る前に一句、二句、イラスト付きの俳句を眺めながら自分なりの空想を膨らます。雑談が心地よいノイズとなって包んでくれるかもしれない。


寝る前に読む 一句、二句。 - クスリと笑える、17音の物語 -

寝る前に読む 一句、二句。 - クスリと笑える、17音の物語 -

  • 作者: 夏井 いつき
  • 出版社/メーカー: ワニブックス
  • 発売日: 2017/10/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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たとへば君―四十年の恋歌 河野裕子・永田和宏 [文学]

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当ブログを立ち上げた時、最初に取り上げたのが河野裕子さんの「現代うた景色」だった。有名歌人から投稿のものまでお気に入りの短歌を選び、折々の季節や世相といった現代の風景に重ね合わせて解説するアンソロジー(選集)である。いずれも胸を打つ歌の数々を選び出す選球眼というか、選歌眼ともいうべきセンスに感心したものだ。ページをめくりながら、この戦後の女性短歌のトップランナーがどんな人だったのか知りたくて手にしたのが、この本である。

本書が世に出たのは、彼女は他界した翌年の2011年である。享年64歳。晩年は乳がんと闘い、その境涯を多く歌に詠んだ。本の編集に携わったのは、夫であり、同じく歌人あり、科学者の永田和宏さんだ。ふたりは大学生時代に京都で出会い、結婚し、妻の死まで40年間連れ添った。その間に残した相聞歌380首と、新聞や雑誌に掲載されたエッセイを織り込んで夫婦のたどった道のりを振り返る。

 たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか(河野裕子)

 きみに逢う以前のぼくに遭いたくて海へのバスに揺られていたり(永田和宏)

学生時代の激しい恋、 子育てに奮闘する若き日々、家族への思いと夫婦間の葛藤や孤独―。それらをすべてを歌にしてきた。特に河野さんは家事を切り盛りしながら、京都でも夫の研究で渡った米国でも、キッチンテーブルで歌をつくってきた。その幸せを素直に表したのが、この歌がとてもいい。

 ぽぽぽぽと秋の雲浮き子供らはどこか遠くへ遊びに行けり(河野裕子)

そして2000年、妻の乳がん発病が知らされる。闘病の間も歌をつくり続けるふたり。だが、その壮絶な闘病生活に妻は精神のバランスを崩してしまう。家族を巻き込み、それぞれが心身ともに疲れ果てるさまも包み隠さず歌となって記録される。

 一日に何度も笑ふ笑ひ声と笑ひ顔を君に残すため(河野裕子)

 一日が過ぎれば一日減つてゆく君との時間 もうすぐ夏至だ(永田和宏)

がんが転移し、病室で苦しみながら河野さんはそれでも歌をつくり続けたという。ティッシュペーパーの箱や薬袋に書きつけ、いよいよ鉛筆を握る力がなくなると、家族が口述筆記した。最後の最後まで歌人であり、妻であり、母親であろうとした姿が歌に映され、読む者の胸を打つ。最後の一首がこの歌だ。

 手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が(河野裕子)

目の前にある妻の死を逆算するように過ごした残酷な、一方で濃密だったふたりの時間。そこから生まれた宝石のような歌の数々に触れるだけで、もう涙腺決壊である。



たとへば君 四十年の恋歌 (文春文庫)

たとへば君 四十年の恋歌 (文春文庫)

  • 作者: 河野 裕子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2014/01/04
  • メディア: 文庫



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氷菓 米澤穂信 [文学]

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原作物の映画が相次いで公開されている。製作コストを抑えられるし、ファンを中心とした動員にも期待ができるメリットがあるらしい。一方で、原作との比較は避けられない。特に登場するキャラクターがイメージ通りかどうか、期待外れならブーイングの嵐だ。ファンの審判が下ることになる。今月、実写版が公開された本書はどうだろうか。原作ファンに加え、2012年にアニメ化されて愛好者層は一気に広がっている。

キャラクターがとても魅力的なのだ。何事にも積極的には関わろうとしない“省エネ”高校生・折木奉太郎。なりゆきで「古典部」に入部し、学校内に潜む不思議な謎を次々と解き明かしていくことになる。彼の背中を押すのは、好奇心旺盛なお嬢さまで古典部部長の千反田える。「わたし、気になります!」の口ぐせが始まると、折木には止められない。それに古典部の仲間たちがからみ、ストーリーに彩りを添える。ちなみに映画ではふたりを山崎賢人と広瀬アリスが演じる。

学校内という狭い空間の中で起こる日常系青春ミステリーだ。いつのまにか密室になった教室。毎週図書館から貸し出される学校誌。あるはずの文集をないと言い張る先輩。そして「氷菓」という題名の文集に秘められた33年前の真実を解き明かすところで、本書のクライマックスを迎える。

この小説の魅力は、単なるミステリーでないところにある。主人公らの高校入学から始まり、夏休みの旅行、学園祭、バレンタインデーとイベントごとに彼らの成長ぶりが読めるからだ。それとともに続編が相次ぎ出版され、シリーズは高校2年の夏休みを描いた6冊目まできた。見せ場は、灰色の高校生活を送ろうとしていた折木が千反田の影響を受け、心を開いて積極的に行動しはじめるところだろう。逆に成績優秀で明朗な非の打ちどころのない美少女・千反田は、実家にからむ「闇」を抱える。それに手を差し伸べるのが折木である。互いに明暗を共有しながら、それを乗り越えようとするふたりが、何ともいじらしい。

作者は山本周五郎賞を受賞し、ヒット作を連発する売れっ子作家。そして大のミステリー愛読者でもある。「古典部シリーズ」の物語の随所にも、アガサ・クリスティーなど往年の名作の仕掛けに着想を得たトリックが隠されている。それを見つけるのも楽しい。文庫本の中にさまざまな魅力がぎっしり詰まっている。そんな1冊である。映画化に伴い、ファン層がまた広がるのではないか。


氷菓 (角川文庫)

氷菓 (角川文庫)

  • 作者: 米澤 穂信
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2001/10/28
  • メディア: 文庫



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わたしを離さないで カズオ・イシグロ [文学]

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2017年のノーベル文学賞は、長崎県生まれの英国人小説家カズオ・イシグロに決まった。読書家以外の人たちにはなじみの薄い人のようだ。夕方のネットの速報に「え、だれ?」という声が職場のあちこちに上がっていた。耳慣れない日本人名。長年受賞を待ち望んでいた村上春樹ではなくーという疑問も「?」の中に含まれていたのだろう。

同賞発表の夜、近所の本屋をのぞいたら、早速、イシグロ作品のコーナーが出来上がっていた。発表直後で急ごしらえだったから、在庫の本もわずかだ。そんなコーナーの中で一番冊数の多かったのが、本書である。代表作「日の名残り」よりも日本で有名なのは昨年、TBSテレビでドラマ化したからだ。綾瀬はるか主演。当時は視聴率が取れなかったが、ノーベル賞受賞で話題を呼び、近々、CS放送で再放送されるという。

舞台は英国。外界から隔絶した寄宿学校ヘールシャムは、他人に臓器を提供するために生まれてきたクローンの子供たちを育てる施設。キャシー、ルース、トミーは、そこで小さい頃から一緒に過ごしてきた。成長し、ルースとトミーが恋仲になる。トミーに想いを寄せていたキャシーは二人のもとを離れ、3人の絆は壊れてしまう。やがて彼らに「使命を果たす」時が訪れる。ルースの提供が始まる頃、3人は思わぬ再会を果たす。

物語はキャシーが幼少時代からの過去を回想する一人語りで始まる。寄宿舎で繰り広げられるささやかな楽しい出来事やトラブル。どこの世界でありがちな日常がそこにもあった。一方で、施設での奇妙な仕組みにも思いをめぐらす。情操教育のために絵画や詩に力を入れた授業、毎週行われる健康診断、保護官と呼ばれる教師たち。

そしてキャシーが15歳になった時。「映画俳優になりたい」という子どもの声を耳にした先生が真実を告げる。「あなた方の人生はもう決まっています。いずれ臓器提供が始まります。あなた方は一つの目的のためにこの世に生み出されていて、将来は決定済みです。ですから、無益な空想はもうやめなければなりません」

無慈悲で残酷な世界だ。主人公たちの生への願望、生まれてきた意味を問い苦悩する日々。著者の抑制の効いた文体が、それを際立たせる。人は必ず老いて死ぬ。その運命に向き合い、この世界で共有できる時間がとても短いと知った時、われわれが愛おしいと思えるものは何なのか。多くが運命を受け入れて20代で人生を終える「提供者」たちは、その時間を凝縮させてわれわれに見せてくれるのだ。

では、「提供者」たちに人権はないのか。それにはヘールシャムの創設者が答える。「世間はなんとかあなた方のことを考えまいとしました。どうしても考えざるをえないときは、自分たちとは違うのだと思い込もうとしました。完全な人間ではない、だから問題にしなくていい」。ー「あの人たちは私たちと違うのだ」。他者を排除し、都合が悪ければ目を背ける。なかったことにする。今、世界で起こっている難民や宗教を背景とした武力衝突とまったく同じ思考ではないだろうか。

本書はただのSFラブストーリーではなく、人間の普遍的なテーマに入り込もうとしている。どこの世界でも起きうる問題を、日本生まれの英国人作家が12年前に示してくれた。本書のテーマ設定について著者はNHKの番組で「私たちは私たちがつくったものに逆襲されるのですよ。よくあることですけれどね」と語っていたのが印象的だった。

物語はキャシーの回想が現代に追いつくところで終わる。ヘールシャム時代の友人たちを亡くした彼女にも、いずれ避けられない運命が待っていることは想像にたやすい。いつまでも余韻ととともに後を引く作品である。

ちなみに、表題の「わたしを離さないで(NEVER LET ME GO)」は、キャシーが寄宿舎で聞いていたカセットテープの曲名。映像化された時に再現されているが、マーク・ロマネク監督の映画(2010年)に出てくるオールディーズ調の曲より、TBSドラマに使用されたジュリア・ショートリードのジャジーな曲の方が好きだ。


わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

  • 作者: カズオ・イシグロ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2008/08/22
  • メディア: 文庫



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夏への扉 ロバート・A・ハインライン [文学]

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天才科学者のドクが発明したスポーツカー型タイムマシンに高校生が乗って時間をさかのぼり、父母の出会いを助ける―。おなじみの米映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が公開されたのは1985年だった。この映画の題材として大きなカギを握ったのが、タイムパラドックスである。タイムトラベルした先の過去を変えると、現代と矛盾が生じてしまう。父母がちゃんと結婚しないと、子どもである自分がなかったことになるからだ。

本書が出版されたのはそれより30年ほど前。タイムトラベル小説が直面する問題である「自分自身との遭遇」「タイムトラベルによる過去の改変」などを扱った初期のSF小説の一つである。舞台は1970年のロサンゼルス。恋人に裏切られ、発明品を親友に奪われた天才発明家ダンは、冷凍冬眠で30年後、2000年の世界に行ってしまう。そこで見つけたのが、かつて自分の頭の中で思い描いていた新型の機械。特許取得者は自分と同姓同名の人物。それは私のことなのか? 意を決したダンは密かに開発されていたタイムマシンに乗って過去に戻り、未来の結果を起こすべく手を尽くす。

さて、本書が世に出た1957年から見た2000年とはどんな世界なのか。冷凍睡眠から覚めたダンが新聞を手に取ると、こんな見出しが躍っている。「月世界定期便、双子座流星群のためなお空中に待機中」「人工授精母性団体、賃上げ要求」。残念ながら21世紀を17年経た今でもこんな世の中にはなっていない。ましてや軍事機密とはいえタイムマシンは姿もまだない。

今でも本書はSFファンの圧倒的な支持を受け、歴代SF小説ベストテンの常連である。そんな評価に背中を押され読んでみたが、コールドスリープでタイムリープするまでの親友や恋人とのやり取りが延々と続き、文庫本の冒頭130ページほど割いているのには閉口してしまった。好みの問題だろうが、なぜそんな多くの人たちに支持されるのか。一つはタイムパラドックスというSF小説の定番概念を確立したという文学的功績。そして親しい人たちに裏切られても決してあきらめず、ハッピーエンドを手にしたという痛快さだろうか。たとえ季節が冬であっても、家のドアから夏への扉を探し続けるのをあきらめなかった。タイトル「夏への扉」がそんな主人公の生き方を象徴している。


夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

夏への扉 (ハヤカワ文庫SF)

  • 作者: ロバート・A. ハインライン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/01/30
  • メディア: 文庫



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