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日本奥地紀行 イザベラ・バード [文学]

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日本の鎖国が解かれた明治期は、西洋から大勢の外国人が訪れ、東洋の端の国を「発見」していった時期である。米国出版社通信員として来日したギリシャ生まれのラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、青暖簾が下がる店や青い着物を着て微笑む日本人を見て「神秘的な青い国」だと評した。最近、注目を浴びているのは、英国人女性旅行家イザベラ・バードだろう。漫画誌に連載されている「ふしぎの国のバード」(佐々大河、ビームコミックス)の主人公だ。青い目が見た未開の日本が生き生きと描かれている。

本書は今から140年前の1878年、横浜から蝦夷(北海道)まで、日本人すらも踏み入ったことのない奥地への旅を敢行したバードの4カ月間の旅の記録である。彼女の目的は、滅びゆく日本古来の生活を記録に残すことだ。文明開化に湧く日本は急速な欧米化を進めている。物質文明が浸透し、生活様式や考え方も変わっていく。

旅は当時のメーンルートだった奥州街道を避け、日光から日本海回りでアイヌの住む北海道を目指す。お供は通訳兼従者の伊藤鶴吉1人だけ。貧弱な馬と悪路に難儀し、外国人を見るのは初めてという村人の好奇心に閉口し、さらには奥地の不衛生な生活から生じる蚤の大群や悪臭、皮膚病にかかった大勢の村人に悩まされる。食料の調達にも事欠く日々が続く。もちろん、それらを忘れさせるほどの美しい日本の風景が彼女を楽しませ。

文明開化前の農村と生活様式に飽くなき好奇心を示し、忍耐強く綴った日記は、現代人では考えられない日本の光景を伝えてくれる。その視線に典型的な欧米人の偏見のようなものは感じられない。実際、通訳の伊藤がアイヌ人を「彼らは犬以下だ」という発言を厳しくたしなめる。眼病を患う村民に惜しげもなく薬を与える。世界各国を冒険し、民族の多様性を目の当たりにした彼女ならではの考え方だろう。

140年たった今、彼女が見たり体験したりしたものは、いくらかの自然しか残っていない。日本は跡形もなく西洋化され、都市化された。


日本奥地紀行 (平凡社ライブラリー)

日本奥地紀行 (平凡社ライブラリー)

  • 作者: イザベラ バード
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2000/02
  • メディア: 文庫



ふしぎの国のバード 1巻 (ビームコミックス)

ふしぎの国のバード 1巻 (ビームコミックス)

  • 作者: 佐々 大河
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/エンターブレイン
  • 発売日: 2015/05/15
  • メディア: コミック



夜行 森見登美彦 [文学]

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京都市上京区の堀川にかけられている「一条戻橋」は、死者の世界と生者の世界を結ぶ橋だと言われている。平安時代、漢学者三善清行の葬列がこの橋を通った際、駆け付けた息子の浄蔵が棺にすがって祈ると、清行が雷鳴とともに一時生き返ったという。また、陰陽師の安倍晴明は式神をこの橋の下に潜ませ、予言や占いの際に操ったと伝えられる。いわくつきの橋だ。

当時の古都京都は華やかな文化の美しさとは裏腹に、魑魅魍魎たちが跋扈し、陰陽師が活躍した。今も京都の町中には異世界の入り口がいくつも残されているのかもしれない。

本作は京都を主舞台に、登場人物たちが異界と現実を行き来する物語だ。学生のころ通った英会話スクールの仲間5人が、鞍馬の火祭を見物するために集まる。10年前、この祭に6人で出掛け、長谷川さんという女性が姿を消した。残った5人はそのことを忘れられずにいる。

主人公の「私」は待ち合わせまでの時間つぶしに繁華街を歩き、とある画廊に入る。そこに展示されていた銅版画家岸田道生の連作「夜行」に魅せられる。最初に目に入った「夜行―鞍馬」という銅版画は、夜の木立の向こうを列車が走り、その手前に女性が立って右手を上げている。集まった他の4人も、岸田の絵にかつて出合っていた。尾道、奥飛騨、青森、天竜峡。場所はばらばらだが、それぞれが銅版画「夜行」に絡んだ奇妙な体験をしていたのだ。「夜行」とは夜行列車なのか、百鬼夜行のことなのか。失踪した長谷川さんもこの奇妙な事件に絡んでくる。

「夜は短し歩けよ乙女」「四畳半神話大系」「有頂天家族」など、京都を舞台に捧腹絶倒、荒唐無稽なストーリーを全開で放つ作者である。これまでの作風ががらりと変わり、しっとりと時にゾッとするような雰囲気の中、物語は進む。光差す朝に向け、夜行の旅が繰り広げられる。


夜行

夜行

  • 作者: 森見 登美彦
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2016/10/25
  • メディア: 単行本



小説 ひるね姫 神山健治 [文学]

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日本の高校生は、居眠りをする割合が世界最高水準のようだ。国立青少年教育振興機構(東京)が日本、米国、中国、韓国の4カ国の高校生を対象にした国際調査結果が先日発表されたが、授業中に居眠りをする高校生は日本が15.0%で4カ国中最高だった。米国・中国が3%台で、韓国が約8%というから異常な多さだ。

本作は、そんな居眠りの得意な女子高校生がヒロインの物語だ。公開中のアニメーション映画を神山健治監督自ら書き起こしたノベライズである。舞台は東京オリンピックが迫る2020年の夏、岡山県倉敷市の瀬戸大橋のたもとの町。暮らす明るく活発な主人公の森川ココネは、授業中に昼寝をしては先生に叱られてばかり。寝ている間に見るスリリングな夢が現実と重なっていることに気づき、幼なじみと旅に出るロードムービーだ。

批評性あふれる作品作りで、主にテレビシリーズのアニメで高い評価を受けている神山監督が手掛けた初の劇場版オリジナル作品となる。今回は銃弾が飛び交う殺伐とした神山ワールドとは一線を画している。作風の変化はどこから来るのか。<映像の中で世界を救っても、現実は救えない>。東日本大震災を機にその思いは強まり、アニメーション映画を作る意味を自問していたと監督は語っている。その答えとして出されたのが、自分たちが生活しているリアルな空間の延長線上に物語の舞台を置くことだった。

AI(人工知能)やネットなど監督お得意のテクノロジーは本作でも健在。水中眼鏡型のVR(仮想現実)機器や自動運転システムといった実社会で導入されつつある技術が、物語を進める重要な役割を果たしている。いずれも、神山作品では先端技術が時に人を大いに助けたり、人命を脅かしたりするツールとして存在感を放つ。そこから一貫して感じるのは、技術の壁を乗り越える人間本来の強さと可能性だ。本作に繰り返し出てくる「心根ひとつで人は空も飛べる」の言葉通りに。



小説 ひるね姫 ~知らないワタシの物語~ (角川文庫)

小説 ひるね姫 ~知らないワタシの物語~ (角川文庫)

  • 作者: 神山 健治
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/02/25
  • メディア: 文庫



リーチ先生 原田マハ [文学]

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英国人陶芸家で、日本にも深い関わりを持つバーナード・リーチは今年、生誕130年を迎えた。白樺派の武者小路実篤、志賀直哉、柳宗悦、浜田庄司らと親交を得、柳宗悦の民芸運動にも参加。世界中で陶芸を指導し、東西両文化の橋渡し役を務めたことで有名だ。

本作はそのバーナード・リーチの年譜を忠実にたどりながら、それに関わる人たちとの交流を描いたフィクションである。「楽園のカンヴァス」「暗幕のゲルニカ」など、絵画を題材にした小説を次々と発表している原田さんだが、今回は陶芸がストーリー進行の大きな役割を果たしている。作者自身、美術館のキュレーターとして欧米の文化に憧れる時期があったが、しだいにアートや工芸における日本人のアイデンティティーについて考えるようになったという。

作中でも、リーチと柳が口論になるシーンが印象的だ。リーチが言う。「あなたがたは、西洋美術を礼賛しすぎだ。日本にだって、すばらしい美術がある」。栁が言い返す。「礼賛したっていいじゃないか。好いものは好いんだ」。「君は西洋かぶれだ」「あんたは日本かぶれだ」-。時代は大正年間。日本がまだまだ欧米の文化・文明を貪欲に吸収していた時世である。

東西文化の衝突と交流。それを繰り返しながら、物語は進む。インターネットを通じて世界中の誰とでも簡単にコミュニケーションが取れる現代である。当時の人々が異文化に触れるために、どれだけの労力と時間がかかったか。その並々ならぬ決意が伝わってくる。

ちなみに、主人公はリーチではなく、リーチの弟子となった架空の日本人青年。彼の国境を超えた淡い恋と別離。ほろっとするストーリーは、さすがAF(アート・フィクション)の作者を自認する原田さんならではのものだろう。


リーチ先生

リーチ先生

  • 作者: 原田 マハ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2016/10/26
  • メディア: 単行本



楽園の泉 アーサー・C・クラーク [文学]

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ロケットを使わずに宇宙へ向かう「宇宙エレベーター」を建造する話だ。高度3万6千キロの静止軌道上からケーブルを繰り出し、人や物資を輸送する。「どんなロケットより百倍も効率がよくなるでしょう」。主人公の技術者がそう力説する。

「2001年宇宙の旅」で知られるSF界の巨匠が1979年に発表したのが本作。物語の重要な役割を果たす宇宙エレベーターは奇想天外な構想ではない。60年代から次々と各国で発表された軌道式エレベーターの科学的知見に基づいて緻密に描かれている。

そんなロマンあふれる構想が現実味を帯びてきた。大手ゼネコンの大林組が2012年、宇宙エレベーター建設という壮大な構想を発表した。総工費約10兆円。完成時期の目標は2050年。計画の命運を握るケーブルの素材として、耐久性の強いカーボンナノチューブが開発されたことで構想は大いに前進。実用化すれば、膨大な燃料を消費する従来のロケットに比べ格安のコストで人工衛星を宇宙に届けられ、宇宙観光も可能になる

来月(2017年4月)には基礎技術となるケーブルの延伸実験が宇宙空間で行われる。静岡大学が開発して昨年打ち上げた超小型衛星を利用し、2基に分かれた衛星間でケーブルがうまく伸びるか調査する予定だ。青い地球を見下ろせる宇宙旅行が実現する「2050年宇宙の旅」が訪れるのはそんな遠い話ではなさそうだ。


楽園の泉 (ハヤカワ文庫SF)

楽園の泉 (ハヤカワ文庫SF)

  • 作者: アーサー・C. クラーク
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2006/01
  • メディア: 文庫



猫の古典文学誌 田中貴子 [文学]

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黒猫の子のぞろぞろと月夜かな(飯田龍太)

「猫の恋」「猫の子」は歳時記では春の季語だ。猫が恋盛んに鳴く。子も生まれる。春が猫の発情期なのは、温かい時期のほうが餌も豊富で過ごしやすく子猫の生存率が高いからだという。

本書によると、平安時代には多くの王朝人が猫を飼うようになった。輸入物の「唐猫」は高級品で、錦繍でできた首輪に金の鈴がつけられた。「源氏物語」では、源氏の正妻・女三宮を隠していた御簾を猫がまくり上げてしまい、かつて女三宮が思いを寄せていた柏木とが密通関係となる端緒をつくる。この時、猫は「ねうねう」と鳴く。これは猫の鳴き声の表現として初めて登場した。「(早く)寝よう寝よう」というちょっとエッチな裏の意味が隠されているという。

さて、今は空前の猫ブームといわれる。猫の写真集などのグッズの売れ行きもよく、アベノミクスをもじって「ネコノミクス」と呼ばれている。関西大の宮本勝浩名誉教授の試算によると、商品や観光などを含めた経済効果は年間約2兆を超す。家庭で飼われる猫の数も近く犬を追い抜く見通しだ。もてはやされたり、飽きられたり。猫も大変である。


猫の古典文学誌 鈴の音が聞こえる (講談社学術文庫)

猫の古典文学誌 鈴の音が聞こえる (講談社学術文庫)

  • 作者: 田中 貴子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/10/11
  • メディア: 文庫



騎士団長殺し 村上春樹 [文学]

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東日本大震災から6年がたった。1万5千人以上が亡くなり、今も12万人が自宅に戻れない。これだけの未曾有の大災害の後である。物語の中で「大きな嘘」がつけなくなった。ファンタジーの世界でいくら大活躍をし、世界を救おうとも、現実の世界はまったく救済されない。だから、われわれの日常空間の延長線上で「小さな嘘」を語ることが、近年のストーリーの主流になってきているような気がする。

日常と異空間がつながり、融合するマジックリアリズム文学の旗手である村上春樹がもてはやされるのも、こうした世相が反映しているのだろうか。4年ぶりの書下ろし長編となる本作も、その手法がいかんなく使われている。

妻に離婚を言い渡された肖像画家の主人公が、友人の父が建てた小田原市郊外の家に落ち着く。そこで謎めいた体験をすることになる。その正体は「騎士団長殺し」のタイトルが付いた絵と、近隣の雑木林に掘られた穴だ。絵の中の登場人物が主人公のもとを訪れたり、主人公が穴を通してあちらとこちらの世界を往来したりする。

村上作品には異界との通路が用意されている。「海辺のカフカ」の森、「ねじまき鳥クロニクル」の井戸などだ。今回は夜中に鈴の音が聞こえる「穴」である。いずれの作品においても主人公は、その通路を通る試練を与えられ、それを達成することで成長し、再生を果たす。100パーセントリアルで描かれた「ノルウェイの森」にも通路が用意されていれば、主人公の再生は早まったのではないだろうか。

第1部、第2部の2部構成で、物語も一応の決着を見たが、冒頭の顔のない男が出したリクエストは果たしていない。「1Q84」や「ねじまき鳥クロニクル」のように、将来3巻が出てきそうな予感がなくはない。


騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/02/24
  • メディア: 単行本




騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/02/24
  • メディア: 単行本



60分で名著快読 徒然草 [文学]

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文部科学省が先日公表した次期学習指導要領改定案で、聖徳太子は「厩戸王(うまやどのおう)」の表現になるそうだ。歴史学的に一般的になってきた呼称にそろえるという。近年の学術研究を踏まえて、社会の授業や教科書で取り上げていた歴史用語が変わることはままある。

「徒然草」の作者・兼好法師もそうだろう。かつては「吉田兼好」と呼ばれていた。今の教科書では「兼好法師」または「兼好」となっている。歴史研究者によると、兼好は吉田姓を名乗ったことはなく、江戸期になって勝手に「ご先祖様」に仕立てた吉田姓の神官の影響だったということが分かっている。

名前はともあれ、「徒然草」の評価は今の世になっても下がることはない。それは、どんな時代にも通用する処世訓がちりばめられているだけでなく、人生のちょっとした喜怒哀楽が短い話の中に簡潔に凝縮されているからだろう。特に閉塞感が漂う現代では、どこかに息苦しさを感じている。そんな私たちへの人生の処方箋として存在感を増している。本書は、そんな徒然草のエッセンスを分かりやすく解説してくれる。

げにげにしくところどころうちおぼめしき、よく知らぬよしして、さりながら、つまづまあはせて語る虚言は、恐ろしきなり(いかにも本当らしく、ところどころはぼかして、よく知らない風をして、そのくせ要所要所の話のつじつまを合わせて語る嘘は、罪深く恐ろしい)

SNSが拡散する現代の偽ニュース。兼好さん、800年後にも通じる指摘、さすがである。

60分で名著快読 徒然草 (日経ビジネス人文庫)

60分で名著快読 徒然草 (日経ビジネス人文庫)

  • 作者: 山田 喜美子
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2016/10/04
  • メディア: 文庫



現代うた景色 河野裕子の短歌案内 河野裕子 [文学]

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歌人の河野裕子さんが、有名歌人から投稿のものまでお気に入りの短歌を選び、折々の季節や世相といった現代の風景に重ね合わせて解説するアンソロジー(選集)である。女性の筆者らしく、失恋、家族、老いなど、女の生き方に触れるテーマが目立つ。

たとへば君 ガサッと落ち葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか 河野裕子

若き日の選者自身の歌は、命令形でストレートに思いを伝える恋の歌だ。臆病でナイーブな現代の若者の恋とは対照的な力強さを感じる。

フェミニズムの正しさゆえの空しさが手を汚さないやつにわかるか 久々湊盈子

女性に降りかかってくる親の介護をずばりと本音で切る歌。「過酷なくらいに現実を写している」と評する。

ページをめくっていくうち、こんな歌を見つけた。亡くなった子を想う歌だ。

汝(なれ)というわが子は一人撫でやりし手が覚えいる頭の形 小石薫

「逆縁」ということばを河野さんは紹介する。親より先に子供が死んだ場合に使われるそうだ。「残された親にとっては、自分が生きている限り、死んだ子供の時間は生き続ける」と語る。

先月、島根県益田市の国道で起きた事故が新聞に載っていたのを思い出した。ボランティアで児童の通学を見守っていた男性が、突っ込んできた軽トラックにひかれ死亡した。男性は33年前、小学2年生だった次女を交通事故でなくし、それを機に子どもたちの見守り活動を続けていたという。ずっと愛娘の「撫でやりし」頭の感触が自分の命が絶える日まで残っていただろう。

本を通じて訴えてくるのは、生きる喜びやつらさ、身近な人の愛。何気なく存在する日常が、河野さんが選び出した短歌を通して見ると、愛おしく思える。

河野さんは終戦直後の1946年生まれ。生の実感を表現する作風で、戦後の女性短歌界をけん引してきた。夫も歌人の永田和宏さん。晩年は乳がんと闘病し、その境遇を多く歌に詠んだ。2010年に死去。

河野さん自身の最後の歌が巻末の解説に載っていた。

手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が 河野裕子

歌がどれだけ世界を豊かにするか、身にしみてくる。

現代うた景色-河野裕子の短歌案内 (中公文庫)

現代うた景色-河野裕子の短歌案内 (中公文庫)

  • 作者: 河野 裕子
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2014/07/23
  • メディア: 文庫



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