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隣国への足跡 黒田勝弘 [ノンフィクション]

今夏公表された日韓共同世論調査の結果を見ると、ざっくり言って両国とも相手国に対して悪い印象を持っていると答えた人は半数。良いは4分の1にとどまっている。韓国は教育を含め、社会的に反日の空気があり、そんな空気を読み取った日本人の「嫌韓」意識も根強い。そのムードも近年は訪日韓国人観光客の増加で少しは和らいでいると聞くが、根本的に両国が急速に良好な関係になる材料は今のところ見当たらない。

著者は産経新聞ソウル駐在客員論説委員で、ソウル在住35年の新聞記者だ。1941年生まれだから、人生の半分近くを韓国で過ごしていることになる。そんな著者が主に取材の実体験をもとに日韓の近現代史をひもといてみせる。日韓併合前の閔妃暗殺事件、戦後日本で起こった金嬉老事件、金賢姫による大韓航空機爆破事件など、日本人の耳目を集めたエピソードの持つ意味を解説してくれる。

韓国の徹底的な反日教育の背景には、35年続いた日本の韓国併合があると著者は指摘する。戦時中の京城(現ソウル)の映画館では、日本軍の戦勝場面を伝えるニュース映画に観客が熱狂した。日本人と同化してしまったのだ。日本人になりつつあった韓国人のアイデンティティーを取り戻し、元の韓国人にするためには日本を全否定する反日教育が必要だったという。

そもそも地政学的に日本は韓国と無縁ではいられない。前世紀から振り返っても、朝鮮半島の利権を奪い合った日露戦争と第2次世界大戦、そして米ソ覇権をかけた朝鮮戦争と、それぞれに日本は深くかかわらざるを得なかった。それの状況は今後も変わらないだろう。

そんな韓国に住む日本人の居心地の悪さも著者は正直に語る。日韓関係を語る時、双方の視点とその先に見える風景は異なって当然だ。その風景が近くなることはあっても同じになることは今後もありえないだろう。「しかし、お互い隣に存在するという地理的環境だけは不変なのだ。だから逃げ出すわけにはいかない」と著者は言う。そして隣国との付き合いに悩まされ続けるのである。


隣国への足跡 ソウル在住35年 日本人記者が追った日韓歴史事件簿

隣国への足跡 ソウル在住35年 日本人記者が追った日韓歴史事件簿

  • 作者: 黒田 勝弘
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/06/23
  • メディア: 単行本



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ソ連が満洲に侵攻した夏 半藤一利 [ノンフィクション]

8月15日、終戦記念日である。72年前の夏、日本本土が敗戦の落胆と戦争終結の安堵に包まれていたころ、そこから戦争の悲劇が始まった場所がある。中国東北部の「満洲」と呼ばれた地域だ。1945年8月9日、ソ連は中立条約を破棄して満洲に侵攻、関東軍総司令部はいち早く退却し、満蒙開拓団などで入植していた大勢の民間人が殺戮と暴行と略奪の嵐に巻き込まれ、見殺しにされた。現地に駐在していた日本軍兵士や根こそぎ動員された男性民間人は、シベリア抑留の犠牲者となる。

本書はソ連の指導者スターリンが対日参戦を指示し、戦争が終結するまでを膨大な資料を駆使して再現している。著者はソ連の参戦を加速させたのが米国の原爆実験成功だったと指摘する。当時、対独戦争で疲弊した国民を鼓舞してまでも日本に戦争を仕掛けたかったのは、アジアの利権を米国に独占させることを見過ごせなかったからだ。1945年2月のヤルタ会談では、南樺太や千島列島の引き渡し承認の密約を米英に要求する。戦争終結を早めたかった当事者たちはソ連の欲深い主張を飲まざるをえなかった。

ソ連の侵攻を招いた背景には、日本の指導層の無能無策、優柔不断さ、情報収集力の欠如があると著者は指摘する。「起きてほしくないことは起こらない」とする裏付けもない楽観主義は、対日参戦を決めていたソ連に終戦の仲介をすがるという絶望的な決断へと日本を導いた。その経緯を著者は怒りを抑えた筆致で書き進める。どころどころその怒りは抑えきれずに行間ににじみ出す。それほど、満洲に置き去りにされた居留民の体験はむごたらしいものだった。

先月、旧満洲地域を旅行した。ソ連と国境を接する黒竜江省の開拓団跡にも立ち寄った。地平線までトウモロコシや大豆畑が広がる緑の大地には、かつて入植していた日本人家屋はもうほとんど残っていない。中国の目覚しい経済発展で、こんな奥地にも高速道路が伸び、工業団地が広がる。あの戦争を証言する遺構は、観光名所となった建物を除けば開発の波にのみ込まれ、消えつつある。だが、この曠野で阿鼻叫喚の惨劇が繰り広げられた事実は消えることはないだろう。

満州からの引き揚げ者の犠牲者は日ソ戦での死亡者を含めて約24万5000人にのぼるという。その数は、東京大空襲や広島原爆、沖縄戦をしのぐ。


ソ連が満洲に侵攻した夏 (文春文庫)

ソ連が満洲に侵攻した夏 (文春文庫)

  • 作者: 半藤 一利
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2002/08/01
  • メディア: 文庫



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流れる星は生きている 藤原てい [ノンフィクション]

流れる星は生きている 藤原てい

7月になり、暑い夏がやってきた。新聞を広げると、今年も72年前の空襲や戦争体験を語り継ぐ記事が載り始めた。そんな季節にページをめくるのが本書である。戦時中、満州(中国東北部)の首都・新京(長春)にいた著者が3人の幼い子どもを連れて、朝鮮半島の38度線を越える1年がかりの逃避行の果てに帰国するまでの手記だ。

日本の敗戦が濃厚になり、ソ連が参戦した1945年8月9日。観象台(気象庁の観測施設)勤務の夫から関東軍の家族が既に移動を始めていることを知らされる。著者を含む観象台の家族ら「観象台疎開団」は汽車で満州と朝鮮の国境・鴨緑江の鉄橋を渡り、朝鮮半島の付け根の街に収容され、そこで終戦の日を迎える。後から追いかけて合流した夫の再開もつかの間、18歳から40歳の日本人男子は平壌へ送られることになり、そのままシベリア送りになる。

そこから朝鮮半島を南下する女子供らによる疎開団の旅が始まる。著者の両手には6歳の長男と3歳の次男。背中には生後1カ月の長女。飢えや襲撃から身を守りながら、赤土の泥にまみれて歩き、川の中会を徒歩で渡り、ぐずる子供たちを叱咤激励しながら米軍のいる38度線を目指す。米軍に保護された時は、みんな足の裏に石がめり込み、化膿していた。

物語の中で強調されるのが、戦争という異常事態の中に置かれた人間のエゴだ。食べ物や虎の子のお金を奪い合い、なりふり構わず、生き延びるために他人を利用する。そんな人間たちが押し込められた貨車の中の情景描写が印象的だ。

<またいつものような個人主義と、極度に人を嫌う嫌悪感とがごっちゃになって、互いに目で憎み、心で猜疑して、人間の根性の底の底までさらけ出したまま蛆虫のように蠢いていた>

それでも生きることをあきらめず、子どもたちを3人とも日本へ連れて帰った母親の強さを思い知らされる。満州引き揚げの体験記には、かなり目を通した。逃避行の途中に集団自決で自分の子どもに手をかけた、収容所で起きたら傍らで赤ちゃんが冷たくなっていた―。もっとむごい体験は枚挙にいとまがない。それでも本書が読み継がれたのは、その巧みな情景・心理描写にあるだろう。

タイトルの「流れる星は生きている」は、引き揚げの途中に出会った男性から聞いた名もなき戦士の歌だ。

<いつかあなたにまた逢える/きっとあなたにまた逢える/ご覧なさいね 今晩も/流れる星は生きている>

そんなフレーズを博多港に到着する直前に口にして思わず涙がごぼれる。郷里の諏訪に着き、両親の手に抱かれて「もう死んでもいいんだ」という心の叫びは、苦難の逃避行のつらさを表して余りある。

ちなみに、著者の夫は「八甲田山死の彷徨」などで知られる作家の新田次郎。次男は「国家の品格」などの著書もある数学者の藤原正彦だ。



流れる星は生きている (中公文庫)

流れる星は生きている (中公文庫)

  • 作者: 藤原 てい
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2002/07/25
  • メディア: 文庫



人民元の興亡 吉岡桂子 [ノンフィクション]

中国が主導する現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」をテーマにした国際会議が先月、北京で開かれた。習近平国家主席が推進に強い意欲を示したのは記憶に新しい。日本は習氏の覇権戦略を警戒してきたが、このほど安倍首相が条件が合えば協力する意向を打ち出した。GDPで追い抜かれ、世界第2位の経済大国の座も譲った日本。アジアの政治経済のかじ取りが中国の手に渡るのが悔しい―。それが大方の国民感情だろう。

だが、戦前戦後の中国経済を俯瞰すると、いかに日本が「上から目線」で中国を見ていたかが、本書で分かる。中国では一時、通貨の種類が千を超えたとも言われる。欧米列強や日本からも外貨が押し寄せ、国家金融が成り立たない状態が長く続いた。先進国から蹂躙され続けた中国通貨。その統一は、中国共産党の最優先課題の一つでもあった。1948年に初めて発行されてから、中国の通貨・人民元の紙幣はすべて、肖像に毛沢東が使われている。国家統合の象徴なのだから。

本書は、中国経済力の源泉ともいえる人民元を軸に、国内外の権力のかかわりに迫った中国の150年史である。毛沢東のもとで生まれた人民元は、改革開放を進めた鄧小平が育み、習近平の覇権戦略を力強く支える。銃と銃を交えて戦ったのは前世紀の話。だが、実は今も昔も通貨こそが最も破壊力のある銃弾なのだ。

ますます強くなる人民元は、米ドルを上回る基軸通貨になるのだろうか。全国紙の記者として、中国の歴史を振り返りながら取材を進めてきた筆者は「それはありえないのではないか」と推察するに至る。一党独裁で仕切る中国の政治体制が続く限りは、国際を軽々と超えて流通する通貨をコントロールしきれないだろう。

習氏は、一帯一路構想を支える「シルクロード基金」への増資や政府系銀行を通じた融資などで総額7800億元(約12兆8千億円)を拠出する方針を表明している。金にモノを言わせて世界に進出する新興国家―。あらら、いつかのどこかの国ではないか。


人民元の興亡 毛沢東・鄧小平・習近平が見た夢

人民元の興亡 毛沢東・鄧小平・習近平が見た夢

  • 作者: 吉岡 桂子
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2017/05/24
  • メディア: 単行本



銃・病原菌・鉄 ジャレド・ダイアモンド [ノンフィクション]

先のフランス大統領選で完敗はしたものの、マリーヌ・ルペン氏率いる極右政党「国民戦線」は、主流派への歩みを確実にした。移民の入国制限や安全のための取り締まり強化、そして保護主義の推進といった考えは、経済低迷を背景にすんなりと受け入れられた。いまや自国優先主義は米国のトランプ政権を挙げるでもなく、世界を席巻している。その文脈の中でたびたび表面化するのが、民族差別だ。他者を「劣等民族」として排斥するデモやネットの書き込みは、日本でも珍しくない。

では、生来劣等な民族というものが本当にあり得るのか? その素朴な質問に答えてくれたのが、本書である。著者があるニューギニア人にこう尋ねられる。「あなたがた白人は、沢山のものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私達ニューギニア人には自分のものといえるものがほとんどない。それは何故だろうか?」。持つものと持たざるもの。世界の不均衡はどこから来たのかという壮大な謎を、進化生物学、生物地理学、文化人類学、言語学など広範な最新知識を駆使して解き明かす。

著者は、白人の遺伝子が優れているからだという短絡的な回答をせず、たまたま白人の住む環境が優れていたからであると結論づける。そして白人が他世界を征服する際に、最も破壊的な影響を与えたものが、題名に出てくる銃・病原菌・鉄だと考察している。

ヨーロッパ人に恩恵を与えたユーラシア大陸は、同じような気候条件下で東西に広がっている土地だったために、家畜化した動物や農業化した植物を簡単に別の土地に広めることができた。家畜化された大型動物と穀物によって農業が発達すると、食料と富の余剰が生まれ、人口が増えて専門家の出現を可能にしたため、テクノロジーが発達した。同時に家畜から移った細菌によって免疫力がつき、新大陸征服時には銃や細菌が威力を発揮した。

そして同じような環境に恵まれていた中国が先に世界の覇権を握れなかったのかも解説する。ある時期まではヨーロッパ諸国を超える文明を開発していたのだが、自国の統一のみにエネルギーを費やし他国との交流を絶ってしまい、海外渡航も制限してしまったので他地域の制覇も行われなかったのだとしている。

さて、こうした地の利を生かして世界をずっとリードしてきた欧米を見ていると、筆者の別の著書「文明崩壊」を思い起こす。文明はわずかの決断の誤りによって、もろくも崩壊することを看破した。文明国の行方はいかに。


文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

  • 作者: ジャレド・ダイアモンド
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 2012/02/02
  • メディア: 文庫



文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

  • 作者: ジャレド・ダイアモンド
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 2012/02/02
  • メディア: 文庫



日本ノンフィクション史 武田徹 [ノンフィクション]

若いころ、沢木耕太郎の「深夜特急」を熱心に読んだ。香港、マレー半島を経て、インド・デリーからは英国・ロンドンまでバスだけを使って一人旅をする物語だ。さまざまな人たちやトラブルに出合いながら、気ままな旅を楽しむ。筆者自身の旅行体験に基づいていたこの紀行小説は日本の若者に大きな影響を与え、バックパッカーブームの一翼を担った。まさにノンフィクションの金字塔ともいえる作品だろう。

今でこそ書物や映像作品のジャンルとして確立している「ノンフィクション」だが、その歴史は意外と浅い。その言葉が世に登場するのは、終戦間もない1949年だという。伝記、旅行記、探検記、手記、手紙、日記といった「記録文学」の総称として使われているが、このころノンフィクションは文字通り「フィクションではないもの」として分類されていた。小説をはじめとするフィクションが文学のメーンストリームであり、その他という位置づけだったのであろう。

石川達三や林芙美子らによる中国での従軍報告をはじめ、戦争や革命の現場を写し取った「ルポルタージュ」が、社会派の書き手によってテーマを広げていった。そして日本のノンフィクションを語る時に欠かせないのが大宅壮一だ。雑誌ジャーナリズムの草分けとして活躍しただけでなく、東京の雑誌専門図書館「大宅壮一文庫」や「大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞」など、作品とともに数々の遺産を後世に残している。

そして今もフィクションとノンフィクションの境界は揺らいでいるという。取材者の想像が入り込むとノンフィクションではありえないのか。外国語でのやり取りをあたかも対話が目の前で繰り広げられたような文章でシーンが書かれた海外取材ものはどうか―。ひとつ言えるのは「ノンフィクションの成立とはジャーナリズムが単独で成立するひとつの作品としての骨格を備えたこと」だと。その源流をさかのぼり、現代にいたるまでの他にない日本ノンフィクション通史に仕上げた。


日本ノンフィクション史 - ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで (中公新書)

日本ノンフィクション史 - ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで (中公新書)

  • 作者: 武田 徹
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/03/21
  • メディア: 新書



検索禁止 長江俊和 [ノンフィクション]

少し日にちが過ぎてしまったが、4月24日はミステリー小説ファンにとって特別な日だ。推理作家の横溝正史が名探偵・金田一耕助を生み出した日である。終戦直後の1946年、疎開先の現岡山県倉敷市真備町岡田で執筆した雑誌連載「本陣殺人事件」で初登場する。この年4月24日の横溝の日記に「新しい登場人物に加えた」と記されている。

もともと横溝正史は神戸市で生まれた。両親はともに今の倉敷市の良家の育ちでともに配偶者がいた身だが、旧家同士がいがみ合う中、駆け落ちして郷里を離れた。正史は腹違いの兄弟たちと生活をともにする。まさに横溝ワールドの世界そのものである。

筆者はミステリーの金字塔「リング」や「東海道四谷怪談」「エクソシスト」など古今東西のフィクション作品の裏側にひそむ史実をていねいに取材し、解き明かす。そのフィールドは映画・小説・音楽だけでなく、都市伝説やネットの世界まで広がっていく。そして表題の「検索禁止」のタイトルが示す禁忌の物語が浮かび上がっていくのだ。

「人はなぜ、禁止されたものに惹かれてしまうのだろうか」と著者は問いかける。禁止されているということは、願いがかなわないという事態である。その禁じられた欲求に希少性が生まれ、特別な「価値」が発生する。禁止されて制限されたことをどうしても実行したくなる。これを心理学用語で「心理的リアクタンス」と呼ぶそうだ。

検索ワードに導かれるように、次々と忌まわしい現実がひもとかれる。時に思わず本を閉じたくなる陰惨なストーリーに目を背けそうになった。読むんじゃなかった。そう思いながらもページをめくり続けてしまう。それこそが心理的リアクタンスなのだろう。


検索禁止 (新潮新書)

検索禁止 (新潮新書)

  • 作者: 長江 俊和
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/04/14
  • メディア: 新書



ジャガイモの世界史 伊藤章治 [ノンフィクション]

昨年の北海道産ジャガイモの不作を受けてポテトチップスが店頭で品薄になる「ポテチショック」が全国に広がっている。ジャガイモの国内生産量の8割を占めていることから、原料不足に陥った大手菓子メーカーが販売休止や売れ筋以外の商品種類を絞り、買いだめに走る消費者が急増。品薄に拍車をかけたそうだ。

そんなニュースに触れ、書棚から取ったのが本書である。記録によると、南米原産のジャガイモが地球を半周して日本に入ってきたのは、1598年の慶長年間の長崎。やせた寒冷地でも育ち、栄養価も高いことから栽培地図は日本列島を北上。北海道開拓の歴史とともに北の大地に広がっていき、一大産地を築いた。江戸時代後期の天保の大飢饉ではジャガイモのおかげで餓死を免れた人も諸国で多かったため、「御助薯」とも呼ばれた。

ヨーロッパでも戦争や飢饉など歴史の折々で庶民の胃袋を満たし、「貧者のパン」と呼ばれた。1940年代のアイルランドの大飢饉はそのジャガイモの不作による大惨事で、海外移民まで出した。米国への移民の中からは、J・F・ケネディーとロナルド・レーガンという二人の大統領を輩出したというから歴史は面白い。

元新聞記者の作者は国内外のジャガイモゆかりの地を訪ね、丹念な取材をもとに書いている。歴史の逸話や文学作品までフィールドは幅広い。日本の「ポテチショック」は飢饉とは遠い現象ではあるが、人とのつながりの深い食物であることを裏付ける。麦、コメ、トウモロコシとならぶ「世界の四大作物」と呼ばれる所以だ。

馬鈴薯の花咲く頃となれりけり 君もこの花を好きたまふらむ 石川啄木


ジャガイモの世界史―歴史を動かした「貧者のパン」 (中公新書)

ジャガイモの世界史―歴史を動かした「貧者のパン」 (中公新書)

  • 作者: 伊藤 章治
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2008/01
  • メディア: 新書



魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く 奥野修司 [ノンフィクション]

怪異譚(たん)の収集で知られる柳田国男の「遠野物語」には、岩手県遠野に伝わる神々や精霊、妖怪などが登場する話が119話収められている。この中で、明治期の三陸大津波で妻を失った福二という男が、津波で亡くなったはずの妻と出会う話がある。しかも、結婚する前に交際していた元彼と連れ立って。妻は「今はこの人と夫婦になっている」と言い、立ち去っていく。福二は妻が別れた男にまだ思いを寄せているのではないかと悩み続けていて、そんな幻想を見たのだろうか。

迷信やフォークロアが似合う東北にはこうした怪異譚が多い。「津波に流されたはずの祖母が縁側に座っていた」「枕元に亡夫が立っていた」-。こんな話が、東日本大震災後の東北のあちこちで聞かれるようになった。そんな不思議な体験をした人々を探し出し、インタビューした記録が本書である。

霊的体験で最も多いのが、亡くなった家族や恋人が夢に現れるという現象だ。リアルでカラーの夢で、何らかのメッセージを受け取る人も少なくない。その次に多いのは「お知らせ」といわれる現象。死の直前にお別れのあいさつに来たといったものだ。また、使えなくなった携帯電話から「ありがとう」のメールが届いたりするのは、現代ならではの怪異譚である。

彼らはこうした体験を怖いとは思わない。むしろ、「霊になっても抱いてほしかった」と再会を心待ちにしている。震災で突然失った人との物語をどうにかして紡ぎ直そうとする体験者たちの真摯な姿がそこにある。その苦境を乗り越えるための足場でもあるのだろう。

もちろん、こうした体験談が科学的だとは筆者も思っていない。科学では再現性のない自然現象は対象にならないからだ。だが、それは重要なことではないという。亡くなった人に会った、声を聞いたという霊的体験が「事実」なら、その体験を素直に受け止めることからスタートすべきだと。被災者への優しいまなざしがそこにはある。


魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─

魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─

  • 作者: 奥野 修司
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/02/28
  • メディア: 単行本



本当の夜をさがして ポール・ボガード [ノンフィクション]

世界の3人に1人が夜空に広がる天の川を見ることができない。夜間照明など人工の光が過剰にあふれる「光害」の影響だ。そんな調査結果をイタリアや米国のチームが昨年、米科学誌に発表した。都市化が進んだ日本では人口の7割が天の川が見えない場所に住んでいるという。

本書によると、「僕たちの暮らす大陸はさながら火事のように燃えている」のだと。夜も人工の光に包まれる欧米は「もはや本当の夜-つまり本当の暗闇-を経験したことがない」と断ずる。

人工照明への依存は、星が見えなくなるだけではなく、不眠症などの疾病を人類にもたらし、星明かりを頼りに飛行する渡り鳥の習性を狂わす。地球の生態系を徐々に蝕んでいると指摘する。

これまで「光は善、闇は悪」と語られることが多かったが、本書では世界の豊かさを象徴するものとして語られる。「夜の音、夜の匂い」の項では、「暗い方がよく聞こえるんだ」という米国先住民の教育者の言葉を引用したり、「夜の香りは豊かで芳醇だ」と賞賛したりする。その闇の文化は日本の谷崎潤一郎の随筆「陰翳礼讃」にまで及ぶ。

闇の世界の豊かさを取り戻すため、夜空が美しい地域を「星空保護区」に認定している国際ダークスカイ協会の活動なども紹介している。空を観賞して思索する機会が奪われたわれわれに課せられた課題は多い。夏の銀河を仰いだ先人たちと現代を生きるわれわれとどちらが豊かだったのか、考えさせられる。


本当の夜をさがして―都市の明かりは私たちから何を奪ったのか

本当の夜をさがして―都市の明かりは私たちから何を奪ったのか

  • 作者: ポール ボガード
  • 出版社/メーカー: 白揚社
  • 発売日: 2016/04/19
  • メディア: 単行本



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