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人民元の興亡 吉岡桂子 [ノンフィクション]

中国が主導する現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」をテーマにした国際会議が先月、北京で開かれた。習近平国家主席が推進に強い意欲を示したのは記憶に新しい。日本は習氏の覇権戦略を警戒してきたが、このほど安倍首相が条件が合えば協力する意向を打ち出した。GDPで追い抜かれ、世界第2位の経済大国の座も譲った日本。アジアの政治経済のかじ取りが中国の手に渡るのが悔しい―。それが大方の国民感情だろう。

だが、戦前戦後の中国経済を俯瞰すると、いかに日本が「上から目線」で中国を見ていたかが、本書で分かる。中国では一時、通貨の種類が千を超えたとも言われる。欧米列強や日本からも外貨が押し寄せ、国家金融が成り立たない状態が長く続いた。先進国から蹂躙され続けた中国通貨。その統一は、中国共産党の最優先課題の一つでもあった。1948年に初めて発行されてから、中国の通貨・人民元の紙幣はすべて、肖像に毛沢東が使われている。国家統合の象徴なのだから。

本書は、中国経済力の源泉ともいえる人民元を軸に、国内外の権力のかかわりに迫った中国の150年史である。毛沢東のもとで生まれた人民元は、改革開放を進めた鄧小平が育み、習近平の覇権戦略を力強く支える。銃と銃を交えて戦ったのは前世紀の話。だが、実は今も昔も通貨こそが最も破壊力のある銃弾なのだ。

ますます強くなる人民元は、米ドルを上回る基軸通貨になるのだろうか。全国紙の記者として、中国の歴史を振り返りながら取材を進めてきた筆者は「それはありえないのではないか」と推察するに至る。一党独裁で仕切る中国の政治体制が続く限りは、国際を軽々と超えて流通する通貨をコントロールしきれないだろう。

習氏は、一帯一路構想を支える「シルクロード基金」への増資や政府系銀行を通じた融資などで総額7800億元(約12兆8千億円)を拠出する方針を表明している。金にモノを言わせて世界に進出する新興国家―。あらら、いつかのどこかの国ではないか。


人民元の興亡 毛沢東・鄧小平・習近平が見た夢

人民元の興亡 毛沢東・鄧小平・習近平が見た夢

  • 作者: 吉岡 桂子
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2017/05/24
  • メディア: 単行本



銃・病原菌・鉄 ジャレド・ダイアモンド [ノンフィクション]

先のフランス大統領選で完敗はしたものの、マリーヌ・ルペン氏率いる極右政党「国民戦線」は、主流派への歩みを確実にした。移民の入国制限や安全のための取り締まり強化、そして保護主義の推進といった考えは、経済低迷を背景にすんなりと受け入れられた。いまや自国優先主義は米国のトランプ政権を挙げるでもなく、世界を席巻している。その文脈の中でたびたび表面化するのが、民族差別だ。他者を「劣等民族」として排斥するデモやネットの書き込みは、日本でも珍しくない。

では、生来劣等な民族というものが本当にあり得るのか? その素朴な質問に答えてくれたのが、本書である。著者があるニューギニア人にこう尋ねられる。「あなたがた白人は、沢山のものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私達ニューギニア人には自分のものといえるものがほとんどない。それは何故だろうか?」。持つものと持たざるもの。世界の不均衡はどこから来たのかという壮大な謎を、進化生物学、生物地理学、文化人類学、言語学など広範な最新知識を駆使して解き明かす。

著者は、白人の遺伝子が優れているからだという短絡的な回答をせず、たまたま白人の住む環境が優れていたからであると結論づける。そして白人が他世界を征服する際に、最も破壊的な影響を与えたものが、題名に出てくる銃・病原菌・鉄だと考察している。

ヨーロッパ人に恩恵を与えたユーラシア大陸は、同じような気候条件下で東西に広がっている土地だったために、家畜化した動物や農業化した植物を簡単に別の土地に広めることができた。家畜化された大型動物と穀物によって農業が発達すると、食料と富の余剰が生まれ、人口が増えて専門家の出現を可能にしたため、テクノロジーが発達した。同時に家畜から移った細菌によって免疫力がつき、新大陸征服時には銃や細菌が威力を発揮した。

そして同じような環境に恵まれていた中国が先に世界の覇権を握れなかったのかも解説する。ある時期まではヨーロッパ諸国を超える文明を開発していたのだが、自国の統一のみにエネルギーを費やし他国との交流を絶ってしまい、海外渡航も制限してしまったので他地域の制覇も行われなかったのだとしている。

さて、こうした地の利を生かして世界をずっとリードしてきた欧米を見ていると、筆者の別の著書「文明崩壊」を思い起こす。文明はわずかの決断の誤りによって、もろくも崩壊することを看破した。文明国の行方はいかに。


文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

  • 作者: ジャレド・ダイアモンド
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 2012/02/02
  • メディア: 文庫



文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

  • 作者: ジャレド・ダイアモンド
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 2012/02/02
  • メディア: 文庫



日本ノンフィクション史 武田徹 [ノンフィクション]

若いころ、沢木耕太郎の「深夜特急」を熱心に読んだ。香港、マレー半島を経て、インド・デリーからは英国・ロンドンまでバスだけを使って一人旅をする物語だ。さまざまな人たちやトラブルに出合いながら、気ままな旅を楽しむ。筆者自身の旅行体験に基づいていたこの紀行小説は日本の若者に大きな影響を与え、バックパッカーブームの一翼を担った。まさにノンフィクションの金字塔ともいえる作品だろう。

今でこそ書物や映像作品のジャンルとして確立している「ノンフィクション」だが、その歴史は意外と浅い。その言葉が世に登場するのは、終戦間もない1949年だという。伝記、旅行記、探検記、手記、手紙、日記といった「記録文学」の総称として使われているが、このころノンフィクションは文字通り「フィクションではないもの」として分類されていた。小説をはじめとするフィクションが文学のメーンストリームであり、その他という位置づけだったのであろう。

石川達三や林芙美子らによる中国での従軍報告をはじめ、戦争や革命の現場を写し取った「ルポルタージュ」が、社会派の書き手によってテーマを広げていった。そして日本のノンフィクションを語る時に欠かせないのが大宅壮一だ。雑誌ジャーナリズムの草分けとして活躍しただけでなく、東京の雑誌専門図書館「大宅壮一文庫」や「大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞」など、作品とともに数々の遺産を後世に残している。

そして今もフィクションとノンフィクションの境界は揺らいでいるという。取材者の想像が入り込むとノンフィクションではありえないのか。外国語でのやり取りをあたかも対話が目の前で繰り広げられたような文章でシーンが書かれた海外取材ものはどうか―。ひとつ言えるのは「ノンフィクションの成立とはジャーナリズムが単独で成立するひとつの作品としての骨格を備えたこと」だと。その源流をさかのぼり、現代にいたるまでの他にない日本ノンフィクション通史に仕上げた。


日本ノンフィクション史 - ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで (中公新書)

日本ノンフィクション史 - ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで (中公新書)

  • 作者: 武田 徹
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/03/21
  • メディア: 新書



検索禁止 長江俊和 [ノンフィクション]

少し日にちが過ぎてしまったが、4月24日はミステリー小説ファンにとって特別な日だ。推理作家の横溝正史が名探偵・金田一耕助を生み出した日である。終戦直後の1946年、疎開先の現岡山県倉敷市真備町岡田で執筆した雑誌連載「本陣殺人事件」で初登場する。この年4月24日の横溝の日記に「新しい登場人物に加えた」と記されている。

もともと横溝正史は神戸市で生まれた。両親はともに今の倉敷市の良家の育ちでともに配偶者がいた身だが、旧家同士がいがみ合う中、駆け落ちして郷里を離れた。正史は腹違いの兄弟たちと生活をともにする。まさに横溝ワールドの世界そのものである。

筆者はミステリーの金字塔「リング」や「東海道四谷怪談」「エクソシスト」など古今東西のフィクション作品の裏側にひそむ史実をていねいに取材し、解き明かす。そのフィールドは映画・小説・音楽だけでなく、都市伝説やネットの世界まで広がっていく。そして表題の「検索禁止」のタイトルが示す禁忌の物語が浮かび上がっていくのだ。

「人はなぜ、禁止されたものに惹かれてしまうのだろうか」と著者は問いかける。禁止されているということは、願いがかなわないという事態である。その禁じられた欲求に希少性が生まれ、特別な「価値」が発生する。禁止されて制限されたことをどうしても実行したくなる。これを心理学用語で「心理的リアクタンス」と呼ぶそうだ。

検索ワードに導かれるように、次々と忌まわしい現実がひもとかれる。時に思わず本を閉じたくなる陰惨なストーリーに目を背けそうになった。読むんじゃなかった。そう思いながらもページをめくり続けてしまう。それこそが心理的リアクタンスなのだろう。


検索禁止 (新潮新書)

検索禁止 (新潮新書)

  • 作者: 長江 俊和
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/04/14
  • メディア: 新書



ジャガイモの世界史 伊藤章治 [ノンフィクション]

昨年の北海道産ジャガイモの不作を受けてポテトチップスが店頭で品薄になる「ポテチショック」が全国に広がっている。ジャガイモの国内生産量の8割を占めていることから、原料不足に陥った大手菓子メーカーが販売休止や売れ筋以外の商品種類を絞り、買いだめに走る消費者が急増。品薄に拍車をかけたそうだ。

そんなニュースに触れ、書棚から取ったのが本書である。記録によると、南米原産のジャガイモが地球を半周して日本に入ってきたのは、1598年の慶長年間の長崎。やせた寒冷地でも育ち、栄養価も高いことから栽培地図は日本列島を北上。北海道開拓の歴史とともに北の大地に広がっていき、一大産地を築いた。江戸時代後期の天保の大飢饉ではジャガイモのおかげで餓死を免れた人も諸国で多かったため、「御助薯」とも呼ばれた。

ヨーロッパでも戦争や飢饉など歴史の折々で庶民の胃袋を満たし、「貧者のパン」と呼ばれた。1940年代のアイルランドの大飢饉はそのジャガイモの不作による大惨事で、海外移民まで出した。米国への移民の中からは、J・F・ケネディーとロナルド・レーガンという二人の大統領を輩出したというから歴史は面白い。

元新聞記者の作者は国内外のジャガイモゆかりの地を訪ね、丹念な取材をもとに書いている。歴史の逸話や文学作品までフィールドは幅広い。日本の「ポテチショック」は飢饉とは遠い現象ではあるが、人とのつながりの深い食物であることを裏付ける。麦、コメ、トウモロコシとならぶ「世界の四大作物」と呼ばれる所以だ。

馬鈴薯の花咲く頃となれりけり 君もこの花を好きたまふらむ 石川啄木


ジャガイモの世界史―歴史を動かした「貧者のパン」 (中公新書)

ジャガイモの世界史―歴史を動かした「貧者のパン」 (中公新書)

  • 作者: 伊藤 章治
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2008/01
  • メディア: 新書



魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く 奥野修司 [ノンフィクション]

怪異譚(たん)の収集で知られる柳田国男の「遠野物語」には、岩手県遠野に伝わる神々や精霊、妖怪などが登場する話が119話収められている。この中で、明治期の三陸大津波で妻を失った福二という男が、津波で亡くなったはずの妻と出会う話がある。しかも、結婚する前に交際していた元彼と連れ立って。妻は「今はこの人と夫婦になっている」と言い、立ち去っていく。福二は妻が別れた男にまだ思いを寄せているのではないかと悩み続けていて、そんな幻想を見たのだろうか。

迷信やフォークロアが似合う東北にはこうした怪異譚が多い。「津波に流されたはずの祖母が縁側に座っていた」「枕元に亡夫が立っていた」-。こんな話が、東日本大震災後の東北のあちこちで聞かれるようになった。そんな不思議な体験をした人々を探し出し、インタビューした記録が本書である。

霊的体験で最も多いのが、亡くなった家族や恋人が夢に現れるという現象だ。リアルでカラーの夢で、何らかのメッセージを受け取る人も少なくない。その次に多いのは「お知らせ」といわれる現象。死の直前にお別れのあいさつに来たといったものだ。また、使えなくなった携帯電話から「ありがとう」のメールが届いたりするのは、現代ならではの怪異譚である。

彼らはこうした体験を怖いとは思わない。むしろ、「霊になっても抱いてほしかった」と再会を心待ちにしている。震災で突然失った人との物語をどうにかして紡ぎ直そうとする体験者たちの真摯な姿がそこにある。その苦境を乗り越えるための足場でもあるのだろう。

もちろん、こうした体験談が科学的だとは筆者も思っていない。科学では再現性のない自然現象は対象にならないからだ。だが、それは重要なことではないという。亡くなった人に会った、声を聞いたという霊的体験が「事実」なら、その体験を素直に受け止めることからスタートすべきだと。被災者への優しいまなざしがそこにはある。


魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─

魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─

  • 作者: 奥野 修司
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/02/28
  • メディア: 単行本



本当の夜をさがして ポール・ボガード [ノンフィクション]

世界の3人に1人が夜空に広がる天の川を見ることができない。夜間照明など人工の光が過剰にあふれる「光害」の影響だ。そんな調査結果をイタリアや米国のチームが昨年、米科学誌に発表した。都市化が進んだ日本では人口の7割が天の川が見えない場所に住んでいるという。

本書によると、「僕たちの暮らす大陸はさながら火事のように燃えている」のだと。夜も人工の光に包まれる欧米は「もはや本当の夜-つまり本当の暗闇-を経験したことがない」と断ずる。

人工照明への依存は、星が見えなくなるだけではなく、不眠症などの疾病を人類にもたらし、星明かりを頼りに飛行する渡り鳥の習性を狂わす。地球の生態系を徐々に蝕んでいると指摘する。

これまで「光は善、闇は悪」と語られることが多かったが、本書では世界の豊かさを象徴するものとして語られる。「夜の音、夜の匂い」の項では、「暗い方がよく聞こえるんだ」という米国先住民の教育者の言葉を引用したり、「夜の香りは豊かで芳醇だ」と賞賛したりする。その闇の文化は日本の谷崎潤一郎の随筆「陰翳礼讃」にまで及ぶ。

闇の世界の豊かさを取り戻すため、夜空が美しい地域を「星空保護区」に認定している国際ダークスカイ協会の活動なども紹介している。空を観賞して思索する機会が奪われたわれわれに課せられた課題は多い。夏の銀河を仰いだ先人たちと現代を生きるわれわれとどちらが豊かだったのか、考えさせられる。


本当の夜をさがして―都市の明かりは私たちから何を奪ったのか

本当の夜をさがして―都市の明かりは私たちから何を奪ったのか

  • 作者: ポール ボガード
  • 出版社/メーカー: 白揚社
  • 発売日: 2016/04/19
  • メディア: 単行本



天災から日本史を読みなおす 磯田道史 [ノンフィクション]

「天災は忘れたころにやってくる」は、夏目漱石の弟子で物理学者の寺田寅彦の言葉がもとだとされる。ただ、この言葉は彼の著書には出てこない。随筆集「天災と国防」の中の表記にそのもととなる表現があり、それが言いやすいキャッチフレーズに変えられて流布されるようになった。

忘れたころの備えとして、地震や津波、火山噴火といった天災に関する歴史資料をひもとき、教訓を引き出そうとするのが、本書だ。天災の中で、人々がいかに行動し、考えたかを古文書の記述から丁寧に追いかけていく。著者は「武士の家計簿」などで知られた歴史家だから、エピソードも満載だ。

例えば16世紀に日本中部で起きた天正地震。豊臣秀吉は徳川家康成敗の戦争準備を進めていた。秀吉側10万の軍勢に家康の兵力は4万強。勝敗は決したかに見えたが、ちょうどその時に天正地震が発生。秀吉は一夜にして前線基地を失った。あの地震がなければ、徳川の息の根は止まり、歴史の流れは大きく変わっていたという。

富士山は1707年の宝永地震から大規模な噴火はない。この時は関東地域まで灰が降ったが、人々は富士山が爆発したことは知らない。余震が続く中で日中でも暗くなるほどの降灰に戸惑う様子が描かれている。

歴史地震研究会に著者は参加する。理系の地震学者と文系の歴史学者が、ともに過去の地震を研究するユニークな学会である。今後予想される東海・東南海・南海地震に備え、科学と歴史双方の見地から教訓を引き出すことは非常に意義が大きいだろう。



天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)

天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)

  • 作者: 磯田 道史
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2014/11/21
  • メディア: 新書



日本国憲法をつくった男 宰相幣原喜重郎 塩田潮 [ノンフィクション]

戦後歴代33人にいる日本の総理大臣で、思い浮かぶのは誰だろうか。サンフランシスコ講和条約を結んだ吉田茂、列島改造論の田中角栄、ノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作。挙げていく中で、この人の名前はなかなか出てこないのではないか。戦後2番目の首相となった幣原喜重郎である。衆議院議長も務め、戦後の政治家の中でただひとり、三権の長の二つのポストを経験したにもかかわらず、「忘れられた宰相」となった。それは首相在任期間の短さに加え、大衆的人気とは縁遠い地味な存在だったからだろう。

だが、幣原が日本の歴史を語る上で欠かせないのは、日本国憲法草案に関わった時の首相だからである。本書は幣原の生い立ちから外交官としての生き様を膨大な資料から丁寧に追いながら、日本国憲法草案の舞台裏に迫る。カギになるのは天皇制の維持と戦争放棄・非武装だ。それは連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーと幣原の二人きりの会談の中から生まれた。天皇制が維持できなければ日本は大混乱に陥ることはマッカーサーも承知していた。その代償としてどこの国もなしえなかった平和国家を掲げることは切っても切り離せない事案だった。

憲法改正作業は5カ月足らずの猛スピードで進められた。なぜなら、強力な権限を持つ連合国の極東委員会が終戦翌年の2月に正式発足するからだ。加盟国のソ連やオーストラリア、ニュージーランドは天皇制維持に強く反対している。憲法改正作業が遅れれば、総司令部と日本政府による憲法草案も吹っ飛ぶだろう。その前に憲法を改正して既成事実化しなければならない。焦る総司令部とさまざまな国情に身動きが取れない日本政府のやりとりが生々しい。

さて、「幣原外交」と世界各国から称賛された彼のモットーは善隣外交だった。中国との協調、国際連盟脱退や日独伊同盟への反発。二・二六事件ではその政治姿勢から命を狙われた。平和を唱えることが「弱腰」と言われた時代に、彼は果敢にも信念を通した。その延長線上に今日の日本国憲法が出来上がったと言える。

マッカーサーは後年、幣原の言葉としてこう語った。「世界はわれわれが実際に即さぬ夢想家であるといってあざけり笑うでしょうが、百年後にはわれわれは予言者といわれるようになるでしょう」。憲法9条は、幣原の提案だったと主張する。これについて幣原は否定している。二人とも故人となった今、真相は霧の中だ。


日本国憲法をつくった男 宰相 幣原喜重郎 (朝日文庫)

日本国憲法をつくった男 宰相 幣原喜重郎 (朝日文庫)

  • 作者: 塩田潮
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2017/01/06
  • メディア: 文庫



僕らが毎日やっている最強の読み方 池上彰、佐藤優 [ノンフィクション]

文芸評論家の故小林秀雄氏は若いころから胃が悪かった。医者に「たばこをやめれば治る」と言われて禁煙を決心し、病院のテーブルにたばことライターを置いたまま出た。ちなみに、そのたばこを手にした医者が「忘れ物だ」と追いかけて来たそうだが。禁煙のイライラから文筆活動に支障が出ないようになるまでに4カ月かかったと、本人が講演で語っている。頑固な批評家の意志の強さを感じるエピソードだ。

意志の強さでは、この人も匹敵するかもしれない。作家で元外交官の佐藤優氏だ。本書は本や新聞などから日々どうやって情報収集しているか、ジャーナリスト池上彰さんとの対談を通じて読者に披露してくれる。

その中で目を引いたのは、読書などインプットの時間として1日4時間確保するために、酒をやめたというくだりだ。50歳を過ぎてから人生の持ち時間を考えるようになった。酒を飲んだら酔いがさめるまで読書や仕事ができず、それがもったいないと。「酒を飲むのは人生の無駄だ」とまで言い切る。池上さんももともと下戸で、酒をあまりたしなまないから、夜の仕事ははかどるのだそうだ。

読書ブログをつづるほどの本好きでも、好きの度合いでは酒の方が上回る筆者である。多い月には500冊読みこなすという佐藤さんの主張はなるほど、そういう「犠牲」を払ってのことなのかと、敬意を表するしだいだ。真似をして1日禁酒して読書したら、ページの進み具合が著しかった。だが、翌日にはあっさりと酒の誘惑に負け、本を枕にうたたねしてしまった。

何事も意志の強さと、何かをなしえるには大きな犠牲と引き換えにする覚悟がいるのだと痛感した。

僕らが毎日やっている最強の読み方;新聞・雑誌・ネット・書籍から「知識と教養」を身につける70の極意

僕らが毎日やっている最強の読み方;新聞・雑誌・ネット・書籍から「知識と教養」を身につける70の極意

  • 作者: 池上 彰
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2016/12/16
  • メディア: 単行本



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