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ブルックリンでジャズを耕す 大江千里 [エッセイ]

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大江千里といえば、80年代の日本のポップス界を語る上で欠かせないミュージシャンだ。「十人十色」「YOU」など、叙情的な詩をポップな旋律と甘ったるい歌声に乗せ、コンサート会場を満席にしてきた。シンガーソングライターとしての実績を築き上げたが一転、47歳で渡米し、ジャズピアニストを目指してニューヨークの音楽大学に入学する。

米国の生活はつまずくことばかり。クラスメートはひと回りもふた回りも年下の若者たち。英会話に苦労し、アンサンブルのオーディションにはすべて落ちた。長年のポップス生活で身についた癖がジャズの習得をさまたげ、先生からは「ジャズを知らない」とこき下ろされる。そんな留学体験をつづったエッセイ「9番目の音を探して」を3年前に出版した。

本書はその続編。音楽大学卒業後、ニューヨーク市ブルックリンを拠点に、ジャズピアニストとして米国を演奏して回る生活を中心につづる。

「52歳から始めるひとりビジネス」のサブタイトル通り、自分でレーベルを起こし、コンサートのマネジメントやCDの発送まで一人でやる。日本にいた時はレコード会社が全部やってくれていたことだ。その中で、多くの資金を費やすアルバム製作が、資金回収すると意外と費用対効果がよくないと気付く。ライブを続けてやる方が生活が安定することを知る。もちろん日本の銀行にはシンガーソングライター時代の蓄えがあるが、それには頼らないと決めた。

なぜ過去の成功を投げ打ってまで人生を再スタートさせたのか。40代になると、身体的にも曲がり角が来る。「人との別れを経験し、人生に限りがあること、そして人生が1回しかないことをはっきり意識し始める」と語る。

気が付けば、バブル絶頂期の80年代ブームである。ディスコのファッションや当時の流行歌がテレビから流れる。そんな時代に区切りをつけて、新天地で果敢に挑戦を続ける50代の姿には、本当に勇気づけられる。今年でデビュー35年。彼が放つジャズは、われわれ同世代への応援歌でもある。

本の帯に「君の名は。」の新海誠監督が言葉を寄せている。「思春期に世界の見方を与えてくれた大江千里は、今でも形を変え、世界の美しさを奏でる方法を僕に教えてくれる」。そうか、この人もCDに耳を傾けていた世代なんだ。




ブルックリンでジャズを耕す 52歳から始めるひとりビジネス

ブルックリンでジャズを耕す 52歳から始めるひとりビジネス

  • 作者: 大江 千里
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/01/19
  • メディア: 単行本



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Lily-日々のカケラ- 石田ゆり子 [エッセイ]

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「お嫁さんにしたい女優ナンバーワン」で長年通っていた人気女優、石田ゆり子。48歳の今でも、「恋人にしたい女優」ランキングで20代の女優と並んで上位に食い込む。ひと回りもふた回りも年下の女優たちと肩を並べても見劣りしない魅力を持つ女性だ。昨年ヒットしたドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」に出演以来、再ブレークの様相を呈している。その人気ぶりに当て込んだともいえるフォトエッセイが本書である。発売日に10万部を突破した。

本では日常生活について、あれこれとつづる。料理やペット、お気に入りの服や雑貨など。そんな彼女も「鏡のなかの自分の顔をまじまじと見ると、その年なりの顔になったなあと思います」と切り出す。そして自分が20代のころを振り返る。なぜ若さは美しいのかと。それは人生経験がない中で必死でもがいているからなのだと。

「子どもも、若者も、野生動物も、必死に生きているから美しい。大人だって、美しいと言われるような存在は、ただ安穏と過ごしているわけじゃない。周囲に甘んじない生き方をしているから、美しいのだとわたしは思うのです」

美しさとは素敵な表情だと語る。表情とは心の状態であり、それを整えるのが健康だと考えている。だから食事には気を配る。きちんと食べ、ちゃんと服を選び、笑顔で眠る。日常生活に心がけているさまざまな事柄をたどっていくと、やはり美しさは天性だけのものではないのだなあと感心する。美人は1日にしてならずだ。

ちなみに「わたしは独身主義じゃないです(笑)」と強調する。さて、「奇跡のアラフィフ」を射止める男が出てくるのだろうか。


Lily ――日々のカケラ――

Lily ――日々のカケラ――

  • 作者: 石田ゆり子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2018/01/30
  • メディア: 単行本


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管見妄語 とんでもない奴 藤原正彦 [エッセイ]

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理系学者で文章のうまい人は多い。夏目漱石の弟子で「天災は忘れたころに来る」で有名な物理学者の寺田寅彦に始まり、最近ではベストセラーを連発する生物学者の福岡伸一青山学院大学教授まで、枚挙にいとまがない。もちろん、へたな人も大勢いるだろうが、なぜだろう。やはり、理論をきちんと組み立てられる能力が、うまい文章構成に活かされているのだろうか。

この著者も、やはりうまい。数学者であり、父・新田次郎、母・藤原ていという作家夫婦の間に生まれた。幼少期に旧満州から母親と命からがら引き揚げた体験を持ち、成長した後は数学者として欧米で知己を得る中で、現代の日本に懸念を持つようになったという。本書は「週刊新潮」の連載コラムだが、鋭い視点で日本の迷走や、不穏に満ちた世界情勢を喝破する。

例えば「『平等』は小うるさい」の項。お茶の水女子大学に勤めていた時、国会で「国立大学であるながら男子を入れないのは差別ではないか」との質問が出て、学内は大騒ぎ。その様子を見ていた著者は喝破する。「女子大であることは本学最大の伝統であり個性であり生命である。伝統は合理性を超越する」と。

話題は世界情勢からキノコ狩りまで縦横無尽の題材を取り上げる。世界を覆う新自由主義を嗤い、学生のいたずらに自分の武勇伝を重ねて懐かしむ。簡潔な文体と豊富な知識・データを採り入れた説得性がこの人の本の魅力である。主張はややエキセントリックな印象を受けることもあるが…


管見妄語 とんでもない奴 (新潮文庫)

管見妄語 とんでもない奴 (新潮文庫)

  • 作者: 藤原 正彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/06/28
  • メディア: 文庫



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まぬけなこよみ 津村記久子 [エッセイ]

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歳時記や七十二候など季節を題材にした本が、書店で目につく。それだけ日本から季節感が薄らいできたのだろうか。秋のイメージがあった運動会は、学校行事の都合でもっぱら5月に日程が映ったし、暖冬で都市部の紅葉も12月にずれ込む。

本書は七十二候を正月から順番につづった脱力系歳時記エッセイ。「ウェブ平凡」で連載したものに加筆修正された。骨正月、バレンタイン、猫の恋、衣替え、蚯蚓(みみず)鳴く‥。季節の言葉をひとつずつ掲げて、自らの思い出や体験を披露する。新聞コラムに出てくるような社会性のある事情はほとんど取り上げない。もっぱら登場するのは、本人の少女時代からのできごとだ。

進学先が決まらないのに学校を追い出され、やけくそになってドッジボールをした卒業式、ロッカーの鍵をプールの底に落として右往左往した夏‥。子供のころから現在に至るまで、屈託のないエピソードばかりだ。折々の風物詩が過去の出来事を引き連れてくるようだ。当時は取るに足らない出来事でも、歳を重ねるごとに筆者の中の情景が豊かに膨らんでくるのだろう。

いつの間にか、七夕にときめかなくなった自分がいる。急に百均に行って折り紙を買い、七夕飾りを作る。そんな季節の移り変わりを楽しむ筆者に思わず共感する。それは四季の豊かな日本に住む読者に等しく伝わるメッセージなのだろう。


まぬけなこよみ

まぬけなこよみ

  • 作者: 津村 記久子
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2017/04/21
  • メディア: 単行本



雨のことば辞典 倉嶋厚・原田稔 [エッセイ]

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もう西日本の桜はピークを過ぎるころか。あいにく週末ごとに天気が崩れるので、花見を予定している人たちはやきもきしているだろう。ようやく咲いたと思えば、桜の花びらが雨に洗われて散っていくのは何とももったいない。

雨と桜にかかわる言葉も少なくない。「花の雨」といえば、桜の花が咲くころに降りかかる雨。「花雨」「桜雨」とも言う。「桜ながし」は鹿児島地方の方言。「流し」は何日も降り続く雨。美しく咲いている桜の花を散り流してしまう無情の雨なのだが、あわれ深い響きがある。

本書は元鹿児島地方気象台長の倉嶋厚さんとエッセイストの原田稔さんの共著で、雨にまつわる言葉を約1200語集めた。世界でも多雨地帯であるモンスーンアジアの東端に位置する日本は、世界平均の約2倍に相当する降水量がある。台風、梅雨前線、秋雨前線、温帯低気圧など、日本の上空には「空の水道」が集中しているという。だからこそ、雨の言葉が多いのだ。

春の花の雨に始まり、木々の青葉からしたたり落ちる夏の青時雨(あおしぐれ)、晩秋に降る冷え冷えとした冷雨(れいう)…。日本の雨は四季のうつろいとともにその様相が千変万化する。それに伴い、陰翳深く美しい言葉が数多く生まれてきたのだ。

春愁や葉がちとなりし花の雨 日野草城


雨のことば辞典 (講談社学術文庫)

雨のことば辞典 (講談社学術文庫)

  • 作者: 倉嶋 厚
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/06/11
  • メディア: 文庫



置かれた場所で咲きなさい 渡辺和子 [エッセイ]

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立春を過ぎたとはいえ肌寒い2月12日、JR岡山駅西口のバス停は長蛇の列ができていた。昨年(2016年)末に亡くなったノートルダム清心学園理事長・渡辺和子さんの学園葬が開かれるホテル向けのシャトルバスを待つ人たちだ。事前に公共交通機関での来訪を学園が呼び掛けていたからホテルの駐車場は空きが目立ち、「岡山県民は律儀だ」と参列者が苦笑いしていた。

ベストセラーとなった故人の著書を書棚から取り出した。渡辺さんは9歳の時、2・26事件で陸軍教育総監だった父親の錠太郎氏を目の前で殺害された経験を持つ。30代で岡山市のノートルダム清心女子大学長に就任。修道者、教育者として激動の人生を送った。理不尽な出来事だらけの生涯を振り返りながら、それでも「人はどんな場所でも幸せを見つけることができる」とのメッセージを送る。

些細な不満も心の持ちようで満たされることもあると渡辺さんは指摘する。大学にあるエレベーターを例に出す。扉が閉まるまでのたった4秒。それすら待てずに「閉」のボタンを押す自分に気づく。以来、その待つ間を祈りにささげた。小さな祈りを唱える習慣を得たことがうれしくなったと書いている。

本のタイトルは、米国の神学者ラインホルド・ニーバーの詩からとっている。書き出しはこんな文だ。

Please bloom where God has placed you.
Rather than give up, make the best of your life and bloom like a flower.

(神が置いた場所で咲きなさい。諦めずベストを尽くし、花のように咲きなさい)

学園葬には、父・錠太郎氏を殺害したとされる青年将校の実弟も神奈川県から駆け付けたと新聞が報道していた。渡辺さんとは恩讐を乗り越え、30年にわたり交流を続けてきたという。渡辺さんほど乗り越えなければならない不条理は持ち合わせなくても、誰でも「なんで私が」と唇をかむ瞬間がある。そんな人たちに救いの手を差し伸べてくれる本として読み継がれるだろう。

置かれた場所で咲きなさい

置かれた場所で咲きなさい

  • 作者: 渡辺 和子
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2012/04/25
  • メディア: 単行本



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