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まぬけなこよみ 津村記久子 [エッセイ]

歳時記や七十二候など季節を題材にした本が、書店で目につく。それだけ日本から季節感が薄らいできたのだろうか。秋のイメージがあった運動会は、学校行事の都合でもっぱら5月に日程が映ったし、暖冬で都市部の紅葉も12月にずれ込む。

本書は七十二候を正月から順番につづった脱力系歳時記エッセイ。「ウェブ平凡」で連載したものに加筆修正された。骨正月、バレンタイン、猫の恋、衣替え、蚯蚓(みみず)鳴く‥。季節の言葉をひとつずつ掲げて、自らの思い出や体験を披露する。新聞コラムに出てくるような社会性のある事情はほとんど取り上げない。もっぱら登場するのは、本人の少女時代からのできごとだ。

進学先が決まらないのに学校を追い出され、やけくそになってドッジボールをした卒業式、ロッカーの鍵をプールの底に落として右往左往した夏‥。子供のころから現在に至るまで、屈託のないエピソードばかりだ。折々の風物詩が過去の出来事を引き連れてくるようだ。当時は取るに足らない出来事でも、歳を重ねるごとに筆者の中の情景が豊かに膨らんでくるのだろう。

いつの間にか、七夕にときめかなくなった自分がいる。急に百均に行って折り紙を買い、七夕飾りを作る。そんな季節の移り変わりを楽しむ筆者に思わず共感する。それは四季の豊かな日本に住む読者に等しく伝わるメッセージなのだろう。


まぬけなこよみ

まぬけなこよみ

  • 作者: 津村 記久子
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2017/04/21
  • メディア: 単行本



バーナード嬢曰く。 施川ユウキ [漫画]

なぜ人は書評を書くのか。日曜日の新聞中面に寄稿する作家・学者先生だけでなく、ネット上にも読書ブログが氾濫している。そういう当ブログも例外ではない。読了後に内容を忘れないよう整理するためか。感銘を受けた1冊を他人に紹介したいからか。それとも、「私ってこんなに読書家」とアピールしたいからか―。読書をテーマにした異色の漫画である本書に目を通していると、そんなことをぼんやりと考えた。

主人公は「読書家に憧れるけれど本を読まない」女子高生の町田さわ子。通称「バーナード嬢」。アイルランドの文学者・バーナード・ショーが由来だ。彼女の周りには、SFマニアで解説役の黒髪少女・神林さん、旬を過ぎたヒット作を愛するつっこみ役のイケメン遠藤君、シャーロキアン女子の長谷川さん。放課後の図書館で繰り広げられる本談義のやり取りが何とも面白い。

秀逸なのは、本への愛があふれすぎてマシンガントークが止まらない神林さんの長セリフだ。本の内容だけでなく、SF小説の邦題が改訂に合わせて変わることがあること、ハヤカワの文庫本が他社のものより一回り大きいので書店のブックカバーに入らないことなど、うんちくが次々と披露される。

一方、理由をつけては名作の読破を避けようとする町田さん。村上春樹さえ一冊も呼んでいない。そこで村上の翻訳本をちょっと読みして「あくまで文体が好きなんだよね的ポジション」で「現代アメリカ文学のこともわかった気になれそう」という「村上春樹との距離感」を提案する。毎回、手の抜き方が全然省力化になっていないのが笑いを誘う。

そんな対照的な2人が最初は喧嘩を繰り返すのだが、本を通じて心を通わせていく。本以外に人とつながることが不得手な神林さんが、余計なことを言って反省したり、町田さんから尊敬されて照れたりするしぐさが何ともかわいい。

著者もかなりの読書通なのだろう。SFだけでなく、「銃・病原菌・鉄」「船を編む」「フェルマーの最終定理」などと、古今東西の名著が登場する。登場した本の一覧や書きおろしのコラムも充実。読書ガイドとしても置いておきたい作品だ。


バーナード嬢曰く。 (REXコミックス)

バーナード嬢曰く。 (REXコミックス)

  • 作者: 施川 ユウキ
  • 出版社/メーカー: 一迅社
  • 発売日: 2013/04/19
  • メディア: コミック



バーナード嬢曰く。 2 (IDコミックス REXコミックス)

バーナード嬢曰く。 2 (IDコミックス REXコミックス)

  • 作者: 施川ユウキ
  • 出版社/メーカー: 一迅社
  • 発売日: 2015/07/27
  • メディア: コミック



バーナード嬢曰く。 3 (IDコミックス REXコミックス)

バーナード嬢曰く。 3 (IDコミックス REXコミックス)

  • 作者: 施川ユウキ
  • 出版社/メーカー: 一迅社
  • 発売日: 2016/10/27
  • メディア: コミック



何者 浅井リョウ [文学]

もうじき6月。大学生らの就職活動が解禁になる。今年も学生が優位な超売り手市場だといい、既に内々定を出して事実上の採用活動を終えた企業も少なくないという。ここ数年、採用試験の面接官をしていると、学生時代に読んで印象に残った本に本書を挙げる若者が多い。就職活動をテーマにした内容に共感するのだろう。

ツイッターやフェイスブック、ウェブテスト…。現代の就活ツールを駆使して企業とつながり、ネットで悩みを打ち明け合う。はるか昔に就活生だった身には隔世の感がある。内定をもらえずにいる主人公は、ルームメートら就活仲間や演劇やアートなどわが道を行く仲間を冷やかに観察し続ける。広い人脈や海外渡航体験を自慢したり、前向きさを強調したり、自分を大きく見せようとする態度にへきえきとする。その気持ちが本書で重要な役割を果たすツイッターの140字以内の短文に打ち出される。

だが、時代が変わっても自分の人生を左右する就職活動を通じ、自分探しをする若者の姿は変わらない。果たして自分は「何者」なのか。広い社会の海原にこぎだし、成長と挫折を初めて味わう感情は、かつての就活生だったわれわれにも共感できるところが多い。

著者は戦後最年少の23歳の時、本作で直木賞を受賞した。就職活動の経験を題材にしたという。昨年(2016年)の秋に映画化され、今月DVDが発売になった。レンタルで見たが、あらすじは原作と同じ。映像の中のツイッター画面の見せ方は工夫を凝らしていた。続編にあたる「何様」も昨夏出版されている。就活の季節、手に取ってみようか。



何者 (新潮文庫)

何者 (新潮文庫)

  • 作者: 朝井 リョウ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/06/26
  • メディア: 文庫



銃・病原菌・鉄 ジャレド・ダイアモンド [ノンフィクション]

先のフランス大統領選で完敗はしたものの、マリーヌ・ルペン氏率いる極右政党「国民戦線」は、主流派への歩みを確実にした。移民の入国制限や安全のための取り締まり強化、そして保護主義の推進といった考えは、経済低迷を背景にすんなりと受け入れられた。いまや自国優先主義は米国のトランプ政権を挙げるでもなく、世界を席巻している。その文脈の中でたびたび表面化するのが、民族差別だ。他者を「劣等民族」として排斥するデモやネットの書き込みは、日本でも珍しくない。

では、生来劣等な民族というものが本当にあり得るのか? その素朴な質問に答えてくれたのが、本書である。著者があるニューギニア人にこう尋ねられる。「あなたがた白人は、沢山のものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私達ニューギニア人には自分のものといえるものがほとんどない。それは何故だろうか?」。持つものと持たざるもの。世界の不均衡はどこから来たのかという壮大な謎を、進化生物学、生物地理学、文化人類学、言語学など広範な最新知識を駆使して解き明かす。

著者は、白人の遺伝子が優れているからだという短絡的な回答をせず、たまたま白人の住む環境が優れていたからであると結論づける。そして白人が他世界を征服する際に、最も破壊的な影響を与えたものが、題名に出てくる銃・病原菌・鉄だと考察している。

ヨーロッパ人に恩恵を与えたユーラシア大陸は、同じような気候条件下で東西に広がっている土地だったために、家畜化した動物や農業化した植物を簡単に別の土地に広めることができた。家畜化された大型動物と穀物によって農業が発達すると、食料と富の余剰が生まれ、人口が増えて専門家の出現を可能にしたため、テクノロジーが発達した。同時に家畜から移った細菌によって免疫力がつき、新大陸征服時には銃や細菌が威力を発揮した。

そして同じような環境に恵まれていた中国が先に世界の覇権を握れなかったのかも解説する。ある時期まではヨーロッパ諸国を超える文明を開発していたのだが、自国の統一のみにエネルギーを費やし他国との交流を絶ってしまい、海外渡航も制限してしまったので他地域の制覇も行われなかったのだとしている。

さて、こうした地の利を生かして世界をずっとリードしてきた欧米を見ていると、筆者の別の著書「文明崩壊」を思い起こす。文明はわずかの決断の誤りによって、もろくも崩壊することを看破した。文明国の行方はいかに。


文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

  • 作者: ジャレド・ダイアモンド
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 2012/02/02
  • メディア: 文庫



文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

  • 作者: ジャレド・ダイアモンド
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 2012/02/02
  • メディア: 文庫



日本ノンフィクション史 武田徹 [ノンフィクション]

若いころ、沢木耕太郎の「深夜特急」を熱心に読んだ。香港、マレー半島を経て、インド・デリーからは英国・ロンドンまでバスだけを使って一人旅をする物語だ。さまざまな人たちやトラブルに出合いながら、気ままな旅を楽しむ。筆者自身の旅行体験に基づいていたこの紀行小説は日本の若者に大きな影響を与え、バックパッカーブームの一翼を担った。まさにノンフィクションの金字塔ともいえる作品だろう。

今でこそ書物や映像作品のジャンルとして確立している「ノンフィクション」だが、その歴史は意外と浅い。その言葉が世に登場するのは、終戦間もない1949年だという。伝記、旅行記、探検記、手記、手紙、日記といった「記録文学」の総称として使われているが、このころノンフィクションは文字通り「フィクションではないもの」として分類されていた。小説をはじめとするフィクションが文学のメーンストリームであり、その他という位置づけだったのであろう。

石川達三や林芙美子らによる中国での従軍報告をはじめ、戦争や革命の現場を写し取った「ルポルタージュ」が、社会派の書き手によってテーマを広げていった。そして日本のノンフィクションを語る時に欠かせないのが大宅壮一だ。雑誌ジャーナリズムの草分けとして活躍しただけでなく、東京の雑誌専門図書館「大宅壮一文庫」や「大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞」など、作品とともに数々の遺産を後世に残している。

そして今もフィクションとノンフィクションの境界は揺らいでいるという。取材者の想像が入り込むとノンフィクションではありえないのか。外国語でのやり取りをあたかも対話が目の前で繰り広げられたような文章でシーンが書かれた海外取材ものはどうか―。ひとつ言えるのは「ノンフィクションの成立とはジャーナリズムが単独で成立するひとつの作品としての骨格を備えたこと」だと。その源流をさかのぼり、現代にいたるまでの他にない日本ノンフィクション通史に仕上げた。


日本ノンフィクション史 - ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで (中公新書)

日本ノンフィクション史 - ルポルタージュからアカデミック・ジャーナリズムまで (中公新書)

  • 作者: 武田 徹
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2017/03/21
  • メディア: 新書



検索禁止 長江俊和 [ノンフィクション]

少し日にちが過ぎてしまったが、4月24日はミステリー小説ファンにとって特別な日だ。推理作家の横溝正史が名探偵・金田一耕助を生み出した日である。終戦直後の1946年、疎開先の現岡山県倉敷市真備町岡田で執筆した雑誌連載「本陣殺人事件」で初登場する。この年4月24日の横溝の日記に「新しい登場人物に加えた」と記されている。

もともと横溝正史は神戸市で生まれた。両親はともに今の倉敷市の良家の育ちでともに配偶者がいた身だが、旧家同士がいがみ合う中、駆け落ちして郷里を離れた。正史は腹違いの兄弟たちと生活をともにする。まさに横溝ワールドの世界そのものである。

筆者はミステリーの金字塔「リング」や「東海道四谷怪談」「エクソシスト」など古今東西のフィクション作品の裏側にひそむ史実をていねいに取材し、解き明かす。そのフィールドは映画・小説・音楽だけでなく、都市伝説やネットの世界まで広がっていく。そして表題の「検索禁止」のタイトルが示す禁忌の物語が浮かび上がっていくのだ。

「人はなぜ、禁止されたものに惹かれてしまうのだろうか」と著者は問いかける。禁止されているということは、願いがかなわないという事態である。その禁じられた欲求に希少性が生まれ、特別な「価値」が発生する。禁止されて制限されたことをどうしても実行したくなる。これを心理学用語で「心理的リアクタンス」と呼ぶそうだ。

検索ワードに導かれるように、次々と忌まわしい現実がひもとかれる。時に思わず本を閉じたくなる陰惨なストーリーに目を背けそうになった。読むんじゃなかった。そう思いながらもページをめくり続けてしまう。それこそが心理的リアクタンスなのだろう。


検索禁止 (新潮新書)

検索禁止 (新潮新書)

  • 作者: 長江 俊和
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/04/14
  • メディア: 新書



ジャガイモの世界史 伊藤章治 [ノンフィクション]

昨年の北海道産ジャガイモの不作を受けてポテトチップスが店頭で品薄になる「ポテチショック」が全国に広がっている。ジャガイモの国内生産量の8割を占めていることから、原料不足に陥った大手菓子メーカーが販売休止や売れ筋以外の商品種類を絞り、買いだめに走る消費者が急増。品薄に拍車をかけたそうだ。

そんなニュースに触れ、書棚から取ったのが本書である。記録によると、南米原産のジャガイモが地球を半周して日本に入ってきたのは、1598年の慶長年間の長崎。やせた寒冷地でも育ち、栄養価も高いことから栽培地図は日本列島を北上。北海道開拓の歴史とともに北の大地に広がっていき、一大産地を築いた。江戸時代後期の天保の大飢饉ではジャガイモのおかげで餓死を免れた人も諸国で多かったため、「御助薯」とも呼ばれた。

ヨーロッパでも戦争や飢饉など歴史の折々で庶民の胃袋を満たし、「貧者のパン」と呼ばれた。1940年代のアイルランドの大飢饉はそのジャガイモの不作による大惨事で、海外移民まで出した。米国への移民の中からは、J・F・ケネディーとロナルド・レーガンという二人の大統領を輩出したというから歴史は面白い。

元新聞記者の作者は国内外のジャガイモゆかりの地を訪ね、丹念な取材をもとに書いている。歴史の逸話や文学作品までフィールドは幅広い。日本の「ポテチショック」は飢饉とは遠い現象ではあるが、人とのつながりの深い食物であることを裏付ける。麦、コメ、トウモロコシとならぶ「世界の四大作物」と呼ばれる所以だ。

馬鈴薯の花咲く頃となれりけり 君もこの花を好きたまふらむ 石川啄木


ジャガイモの世界史―歴史を動かした「貧者のパン」 (中公新書)

ジャガイモの世界史―歴史を動かした「貧者のパン」 (中公新書)

  • 作者: 伊藤 章治
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2008/01
  • メディア: 新書



一九八四年 ジョージ・オーウェル [文学]

4月4日に米国内外で一斉に上映された映画がある。本書「一九八四年」の映画版だ。全体主義国家による管理社会の恐怖を描いた。事実をねつ造し、絶対服従を求め、外敵への憎悪をあおる―。その状況が、今のトランプ政権とそっくりであることから、政権に抗議する人たちの呼びかけで広まった。

英国の作家が1949年に書いた近未来小説は世界的に売れている。日本でも大統領就任から1カ月で4万部の増刷になったという。70年近く読み継がれた本書は時代がダークサイドに入るたびに売れる傾向にあったそうだ。

契機となったのは、大統領就任式の動員数を巡って発した「オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)」だ。本書でも支配者に不都合な事実は新聞や雑誌などあらゆる記録から抹消され、書き換えられてなかったことになる。矛盾する二つの事柄を同時に信じる「二重思考(ダブルシンキング)」を強要される。

大衆の分裂をそそのかす社会に危機感を持った人たちが、この憂鬱なディストピア小説を手にするとは何とも気がめいる話だ。体制に服従することに不満を抱いた主人公は、奔放な美女との出会いをきっかけに反政府地下活動に加わろうとするが…。希望がない社会ほど魅力のないものはない。


一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

  • 作者: ジョージ・オーウェル
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2009/07/18
  • メディア: ペーパーバック



雨のことば辞典 倉嶋厚・原田稔 [エッセイ]

もう西日本の桜はピークを過ぎるころか。あいにく週末ごとに天気が崩れるので、花見を予定している人たちはやきもきしているだろう。ようやく咲いたと思えば、桜の花びらが雨に洗われて散っていくのは何とももったいない。

雨と桜にかかわる言葉も少なくない。「花の雨」といえば、桜の花が咲くころに降りかかる雨。「花雨」「桜雨」とも言う。「桜ながし」は鹿児島地方の方言。「流し」は何日も降り続く雨。美しく咲いている桜の花を散り流してしまう無情の雨なのだが、あわれ深い響きがある。

本書は元鹿児島地方気象台長の倉嶋厚さんとエッセイストの原田稔さんの共著で、雨にまつわる言葉を約1200語集めた。世界でも多雨地帯であるモンスーンアジアの東端に位置する日本は、世界平均の約2倍に相当する降水量がある。台風、梅雨前線、秋雨前線、温帯低気圧など、日本の上空には「空の水道」が集中しているという。だからこそ、雨の言葉が多いのだ。

春の花の雨に始まり、木々の青葉からしたたり落ちる夏の青時雨(あおしぐれ)、晩秋に降る冷え冷えとした冷雨(れいう)…。日本の雨は四季のうつろいとともにその様相が千変万化する。それに伴い、陰翳深く美しい言葉が数多く生まれてきたのだ。

春愁や葉がちとなりし花の雨 日野草城


雨のことば辞典 (講談社学術文庫)

雨のことば辞典 (講談社学術文庫)

  • 作者: 倉嶋 厚
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/06/11
  • メディア: 文庫



魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く 奥野修司 [ノンフィクション]

怪異譚(たん)の収集で知られる柳田国男の「遠野物語」には、岩手県遠野に伝わる神々や精霊、妖怪などが登場する話が119話収められている。この中で、明治期の三陸大津波で妻を失った福二という男が、津波で亡くなったはずの妻と出会う話がある。しかも、結婚する前に交際していた元彼と連れ立って。妻は「今はこの人と夫婦になっている」と言い、立ち去っていく。福二は妻が別れた男にまだ思いを寄せているのではないかと悩み続けていて、そんな幻想を見たのだろうか。

迷信やフォークロアが似合う東北にはこうした怪異譚が多い。「津波に流されたはずの祖母が縁側に座っていた」「枕元に亡夫が立っていた」-。こんな話が、東日本大震災後の東北のあちこちで聞かれるようになった。そんな不思議な体験をした人々を探し出し、インタビューした記録が本書である。

霊的体験で最も多いのが、亡くなった家族や恋人が夢に現れるという現象だ。リアルでカラーの夢で、何らかのメッセージを受け取る人も少なくない。その次に多いのは「お知らせ」といわれる現象。死の直前にお別れのあいさつに来たといったものだ。また、使えなくなった携帯電話から「ありがとう」のメールが届いたりするのは、現代ならではの怪異譚である。

彼らはこうした体験を怖いとは思わない。むしろ、「霊になっても抱いてほしかった」と再会を心待ちにしている。震災で突然失った人との物語をどうにかして紡ぎ直そうとする体験者たちの真摯な姿がそこにある。その苦境を乗り越えるための足場でもあるのだろう。

もちろん、こうした体験談が科学的だとは筆者も思っていない。科学では再現性のない自然現象は対象にならないからだ。だが、それは重要なことではないという。亡くなった人に会った、声を聞いたという霊的体験が「事実」なら、その体験を素直に受け止めることからスタートすべきだと。被災者への優しいまなざしがそこにはある。


魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─

魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─

  • 作者: 奥野 修司
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/02/28
  • メディア: 単行本



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