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一九八四年 ジョージ・オーウェル [文学]

4月4日に米国内外で一斉に上映された映画がある。本書「一九八四年」の映画版だ。全体主義国家による管理社会の恐怖を描いた。事実をねつ造し、絶対服従を求め、外敵への憎悪をあおる―。その状況が、今のトランプ政権とそっくりであることから、政権に抗議する人たちの呼びかけで広まった。

英国の作家が1949年に書いた近未来小説は世界的に売れている。日本でも大統領就任から1カ月で4万部の増刷になったという。70年近く読み継がれた本書は時代がダークサイドに入るたびに売れる傾向にあったそうだ。

契機となったのは、大統領就任式の動員数を巡って発した「オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)」だ。本書でも支配者に不都合な事実は新聞や雑誌などあらゆる記録から抹消され、書き換えられてなかったことになる。矛盾する二つの事柄を同時に信じる「二重思考(ダブルシンキング)」を強要される。

大衆の分裂をそそのかす社会に危機感を持った人たちが、この憂鬱なディストピア小説を手にするとは何とも気がめいる話だ。体制に服従することに不満を抱いた主人公は、奔放な美女との出会いをきっかけに反政府地下活動に加わろうとするが…。希望がない社会ほど魅力のないものはない。


一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

  • 作者: ジョージ・オーウェル
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2009/07/18
  • メディア: ペーパーバック



雨のことば辞典 倉嶋厚・原田稔 [エッセイ]

もう西日本の桜はピークを過ぎるころか。あいにく週末ごとに天気が崩れるので、花見を予定している人たちはやきもきしているだろう。ようやく咲いたと思えば、桜の花びらが雨に洗われて散っていくのは何とももったいない。

雨と桜にかかわる言葉も少なくない。「花の雨」といえば、桜の花が咲くころに降りかかる雨。「花雨」「桜雨」とも言う。「桜ながし」は鹿児島地方の方言。「流し」は何日も降り続く雨。美しく咲いている桜の花を散り流してしまう無情の雨なのだが、あわれ深い響きがある。

本書は元鹿児島地方気象台長の倉嶋厚さんとエッセイストの原田稔さんの共著で、雨にまつわる言葉を約1200語集めた。世界でも多雨地帯であるモンスーンアジアの東端に位置する日本は、世界平均の約2倍に相当する降水量がある。台風、梅雨前線、秋雨前線、温帯低気圧など、日本の上空には「空の水道」が集中しているという。だからこそ、雨の言葉が多いのだ。

春の花の雨に始まり、木々の青葉からしたたり落ちる夏の青時雨(あおしぐれ)、晩秋に降る冷え冷えとした冷雨(れいう)…。日本の雨は四季のうつろいとともにその様相が千変万化する。それに伴い、陰翳深く美しい言葉が数多く生まれてきたのだ。

春愁や葉がちとなりし花の雨 日野草城


雨のことば辞典 (講談社学術文庫)

雨のことば辞典 (講談社学術文庫)

  • 作者: 倉嶋 厚
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/06/11
  • メディア: 文庫



魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く 奥野修司 [ノンフィクション]

怪異譚(たん)の収集で知られる柳田国男の「遠野物語」には、岩手県遠野に伝わる神々や精霊、妖怪などが登場する話が119話収められている。この中で、明治期の三陸大津波で妻を失った福二という男が、津波で亡くなったはずの妻と出会う話がある。しかも、結婚する前に交際していた元彼と連れ立って。妻は「今はこの人と夫婦になっている」と言い、立ち去っていく。福二は妻が別れた男にまだ思いを寄せているのではないかと悩み続けていて、そんな幻想を見たのだろうか。

迷信やフォークロアが似合う東北にはこうした怪異譚が多い。「津波に流されたはずの祖母が縁側に座っていた」「枕元に亡夫が立っていた」-。こんな話が、東日本大震災後の東北のあちこちで聞かれるようになった。そんな不思議な体験をした人々を探し出し、インタビューした記録が本書である。

霊的体験で最も多いのが、亡くなった家族や恋人が夢に現れるという現象だ。リアルでカラーの夢で、何らかのメッセージを受け取る人も少なくない。その次に多いのは「お知らせ」といわれる現象。死の直前にお別れのあいさつに来たといったものだ。また、使えなくなった携帯電話から「ありがとう」のメールが届いたりするのは、現代ならではの怪異譚である。

彼らはこうした体験を怖いとは思わない。むしろ、「霊になっても抱いてほしかった」と再会を心待ちにしている。震災で突然失った人との物語をどうにかして紡ぎ直そうとする体験者たちの真摯な姿がそこにある。その苦境を乗り越えるための足場でもあるのだろう。

もちろん、こうした体験談が科学的だとは筆者も思っていない。科学では再現性のない自然現象は対象にならないからだ。だが、それは重要なことではないという。亡くなった人に会った、声を聞いたという霊的体験が「事実」なら、その体験を素直に受け止めることからスタートすべきだと。被災者への優しいまなざしがそこにはある。


魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─

魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─

  • 作者: 奥野 修司
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/02/28
  • メディア: 単行本



日本奥地紀行 イザベラ・バード [文学]

日本の鎖国が解かれた明治期は、西洋から大勢の外国人が訪れ、東洋の端の国を「発見」していった時期である。米国出版社通信員として来日したギリシャ生まれのラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、青暖簾が下がる店や青い着物を着て微笑む日本人を見て「神秘的な青い国」だと評した。最近、注目を浴びているのは、英国人女性旅行家イザベラ・バードだろう。漫画誌に連載されている「ふしぎの国のバード」(佐々大河、ビームコミックス)の主人公だ。青い目が見た未開の日本が生き生きと描かれている。

本書は今から140年前の1878年、横浜から蝦夷(北海道)まで、日本人すらも踏み入ったことのない奥地への旅を敢行したバードの4カ月間の旅の記録である。彼女の目的は、滅びゆく日本古来の生活を記録に残すことだ。文明開化に湧く日本は急速な欧米化を進めている。物質文明が浸透し、生活様式や考え方も変わっていく。

旅は当時のメーンルートだった奥州街道を避け、日光から日本海回りでアイヌの住む北海道を目指す。お供は通訳兼従者の伊藤鶴吉1人だけ。貧弱な馬と悪路に難儀し、外国人を見るのは初めてという村人の好奇心に閉口し、さらには奥地の不衛生な生活から生じる蚤の大群や悪臭、皮膚病にかかった大勢の村人に悩まされる。食料の調達にも事欠く日々が続く。もちろん、それらを忘れさせるほどの美しい日本の風景が彼女を楽しませ。

文明開化前の農村と生活様式に飽くなき好奇心を示し、忍耐強く綴った日記は、現代人では考えられない日本の光景を伝えてくれる。その視線に典型的な欧米人の偏見のようなものは感じられない。実際、通訳の伊藤がアイヌ人を「彼らは犬以下だ」という発言を厳しくたしなめる。眼病を患う村民に惜しげもなく薬を与える。世界各国を冒険し、民族の多様性を目の当たりにした彼女ならではの考え方だろう。

140年たった今、彼女が見たり体験したりしたものは、いくらかの自然しか残っていない。日本は跡形もなく西洋化され、都市化された。


日本奥地紀行 (平凡社ライブラリー)

日本奥地紀行 (平凡社ライブラリー)

  • 作者: イザベラ バード
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2000/02
  • メディア: 文庫



ふしぎの国のバード 1巻 (ビームコミックス)

ふしぎの国のバード 1巻 (ビームコミックス)

  • 作者: 佐々 大河
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/エンターブレイン
  • 発売日: 2015/05/15
  • メディア: コミック



本当の夜をさがして ポール・ボガード [ノンフィクション]

世界の3人に1人が夜空に広がる天の川を見ることができない。夜間照明など人工の光が過剰にあふれる「光害」の影響だ。そんな調査結果をイタリアや米国のチームが昨年、米科学誌に発表した。都市化が進んだ日本では人口の7割が天の川が見えない場所に住んでいるという。

本書によると、「僕たちの暮らす大陸はさながら火事のように燃えている」のだと。夜も人工の光に包まれる欧米は「もはや本当の夜-つまり本当の暗闇-を経験したことがない」と断ずる。

人工照明への依存は、星が見えなくなるだけではなく、不眠症などの疾病を人類にもたらし、星明かりを頼りに飛行する渡り鳥の習性を狂わす。地球の生態系を徐々に蝕んでいると指摘する。

これまで「光は善、闇は悪」と語られることが多かったが、本書では世界の豊かさを象徴するものとして語られる。「夜の音、夜の匂い」の項では、「暗い方がよく聞こえるんだ」という米国先住民の教育者の言葉を引用したり、「夜の香りは豊かで芳醇だ」と賞賛したりする。その闇の文化は日本の谷崎潤一郎の随筆「陰翳礼讃」にまで及ぶ。

闇の世界の豊かさを取り戻すため、夜空が美しい地域を「星空保護区」に認定している国際ダークスカイ協会の活動なども紹介している。空を観賞して思索する機会が奪われたわれわれに課せられた課題は多い。夏の銀河を仰いだ先人たちと現代を生きるわれわれとどちらが豊かだったのか、考えさせられる。


本当の夜をさがして―都市の明かりは私たちから何を奪ったのか

本当の夜をさがして―都市の明かりは私たちから何を奪ったのか

  • 作者: ポール ボガード
  • 出版社/メーカー: 白揚社
  • 発売日: 2016/04/19
  • メディア: 単行本



天災から日本史を読みなおす 磯田道史 [ノンフィクション]

「天災は忘れたころにやってくる」は、夏目漱石の弟子で物理学者の寺田寅彦の言葉がもとだとされる。ただ、この言葉は彼の著書には出てこない。随筆集「天災と国防」の中の表記にそのもととなる表現があり、それが言いやすいキャッチフレーズに変えられて流布されるようになった。

忘れたころの備えとして、地震や津波、火山噴火といった天災に関する歴史資料をひもとき、教訓を引き出そうとするのが、本書だ。天災の中で、人々がいかに行動し、考えたかを古文書の記述から丁寧に追いかけていく。著者は「武士の家計簿」などで知られた歴史家だから、エピソードも満載だ。

例えば16世紀に日本中部で起きた天正地震。豊臣秀吉は徳川家康成敗の戦争準備を進めていた。秀吉側10万の軍勢に家康の兵力は4万強。勝敗は決したかに見えたが、ちょうどその時に天正地震が発生。秀吉は一夜にして前線基地を失った。あの地震がなければ、徳川の息の根は止まり、歴史の流れは大きく変わっていたという。

富士山は1707年の宝永地震から大規模な噴火はない。この時は関東地域まで灰が降ったが、人々は富士山が爆発したことは知らない。余震が続く中で日中でも暗くなるほどの降灰に戸惑う様子が描かれている。

歴史地震研究会に著者は参加する。理系の地震学者と文系の歴史学者が、ともに過去の地震を研究するユニークな学会である。今後予想される東海・東南海・南海地震に備え、科学と歴史双方の見地から教訓を引き出すことは非常に意義が大きいだろう。



天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)

天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)

  • 作者: 磯田 道史
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2014/11/21
  • メディア: 新書



夜行 森見登美彦 [文学]

京都市上京区の堀川にかけられている「一条戻橋」は、死者の世界と生者の世界を結ぶ橋だと言われている。平安時代、漢学者三善清行の葬列がこの橋を通った際、駆け付けた息子の浄蔵が棺にすがって祈ると、清行が雷鳴とともに一時生き返ったという。また、陰陽師の安倍晴明は式神をこの橋の下に潜ませ、予言や占いの際に操ったと伝えられる。いわくつきの橋だ。

当時の古都京都は華やかな文化の美しさとは裏腹に、魑魅魍魎たちが跋扈し、陰陽師が活躍した。今も京都の町中には異世界の入り口がいくつも残されているのかもしれない。

本作は京都を主舞台に、登場人物たちが異界と現実を行き来する物語だ。学生のころ通った英会話スクールの仲間5人が、鞍馬の火祭を見物するために集まる。10年前、この祭に6人で出掛け、長谷川さんという女性が姿を消した。残った5人はそのことを忘れられずにいる。

主人公の「私」は待ち合わせまでの時間つぶしに繁華街を歩き、とある画廊に入る。そこに展示されていた銅版画家岸田道生の連作「夜行」に魅せられる。最初に目に入った「夜行―鞍馬」という銅版画は、夜の木立の向こうを列車が走り、その手前に女性が立って右手を上げている。集まった他の4人も、岸田の絵にかつて出合っていた。尾道、奥飛騨、青森、天竜峡。場所はばらばらだが、それぞれが銅版画「夜行」に絡んだ奇妙な体験をしていたのだ。「夜行」とは夜行列車なのか、百鬼夜行のことなのか。失踪した長谷川さんもこの奇妙な事件に絡んでくる。

「夜は短し歩けよ乙女」「四畳半神話大系」「有頂天家族」など、京都を舞台に捧腹絶倒、荒唐無稽なストーリーを全開で放つ作者である。これまでの作風ががらりと変わり、しっとりと時にゾッとするような雰囲気の中、物語は進む。光差す朝に向け、夜行の旅が繰り広げられる。


夜行

夜行

  • 作者: 森見 登美彦
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2016/10/25
  • メディア: 単行本



日本国憲法をつくった男 宰相幣原喜重郎 塩田潮 [ノンフィクション]

戦後歴代33人にいる日本の総理大臣で、思い浮かぶのは誰だろうか。サンフランシスコ講和条約を結んだ吉田茂、列島改造論の田中角栄、ノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作。挙げていく中で、この人の名前はなかなか出てこないのではないか。戦後2番目の首相となった幣原喜重郎である。衆議院議長も務め、戦後の政治家の中でただひとり、三権の長の二つのポストを経験したにもかかわらず、「忘れられた宰相」となった。それは首相在任期間の短さに加え、大衆的人気とは縁遠い地味な存在だったからだろう。

だが、幣原が日本の歴史を語る上で欠かせないのは、日本国憲法草案に関わった時の首相だからである。本書は幣原の生い立ちから外交官としての生き様を膨大な資料から丁寧に追いながら、日本国憲法草案の舞台裏に迫る。カギになるのは天皇制の維持と戦争放棄・非武装だ。それは連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーと幣原の二人きりの会談の中から生まれた。天皇制が維持できなければ日本は大混乱に陥ることはマッカーサーも承知していた。その代償としてどこの国もなしえなかった平和国家を掲げることは切っても切り離せない事案だった。

憲法改正作業は5カ月足らずの猛スピードで進められた。なぜなら、強力な権限を持つ連合国の極東委員会が終戦翌年の2月に正式発足するからだ。加盟国のソ連やオーストラリア、ニュージーランドは天皇制維持に強く反対している。憲法改正作業が遅れれば、総司令部と日本政府による憲法草案も吹っ飛ぶだろう。その前に憲法を改正して既成事実化しなければならない。焦る総司令部とさまざまな国情に身動きが取れない日本政府のやりとりが生々しい。

さて、「幣原外交」と世界各国から称賛された彼のモットーは善隣外交だった。中国との協調、国際連盟脱退や日独伊同盟への反発。二・二六事件ではその政治姿勢から命を狙われた。平和を唱えることが「弱腰」と言われた時代に、彼は果敢にも信念を通した。その延長線上に今日の日本国憲法が出来上がったと言える。

マッカーサーは後年、幣原の言葉としてこう語った。「世界はわれわれが実際に即さぬ夢想家であるといってあざけり笑うでしょうが、百年後にはわれわれは予言者といわれるようになるでしょう」。憲法9条は、幣原の提案だったと主張する。これについて幣原は否定している。二人とも故人となった今、真相は霧の中だ。


日本国憲法をつくった男 宰相 幣原喜重郎 (朝日文庫)

日本国憲法をつくった男 宰相 幣原喜重郎 (朝日文庫)

  • 作者: 塩田潮
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2017/01/06
  • メディア: 文庫



小説 ひるね姫 神山健治 [文学]

日本の高校生は、居眠りをする割合が世界最高水準のようだ。国立青少年教育振興機構(東京)が日本、米国、中国、韓国の4カ国の高校生を対象にした国際調査結果が先日発表されたが、授業中に居眠りをする高校生は日本が15.0%で4カ国中最高だった。米国・中国が3%台で、韓国が約8%というから異常な多さだ。

本作は、そんな居眠りの得意な女子高校生がヒロインの物語だ。公開中のアニメーション映画を神山健治監督自ら書き起こしたノベライズである。舞台は東京オリンピックが迫る2020年の夏、岡山県倉敷市の瀬戸大橋のたもとの町。暮らす明るく活発な主人公の森川ココネは、授業中に昼寝をしては先生に叱られてばかり。寝ている間に見るスリリングな夢が現実と重なっていることに気づき、幼なじみと旅に出るロードムービーだ。

批評性あふれる作品作りで、主にテレビシリーズのアニメで高い評価を受けている神山監督が手掛けた初の劇場版オリジナル作品となる。今回は銃弾が飛び交う殺伐とした神山ワールドとは一線を画している。作風の変化はどこから来るのか。<映像の中で世界を救っても、現実は救えない>。東日本大震災を機にその思いは強まり、アニメーション映画を作る意味を自問していたと監督は語っている。その答えとして出されたのが、自分たちが生活しているリアルな空間の延長線上に物語の舞台を置くことだった。

AI(人工知能)やネットなど監督お得意のテクノロジーは本作でも健在。水中眼鏡型のVR(仮想現実)機器や自動運転システムといった実社会で導入されつつある技術が、物語を進める重要な役割を果たしている。いずれも、神山作品では先端技術が時に人を大いに助けたり、人命を脅かしたりするツールとして存在感を放つ。そこから一貫して感じるのは、技術の壁を乗り越える人間本来の強さと可能性だ。本作に繰り返し出てくる「心根ひとつで人は空も飛べる」の言葉通りに。



小説 ひるね姫 ~知らないワタシの物語~ (角川文庫)

小説 ひるね姫 ~知らないワタシの物語~ (角川文庫)

  • 作者: 神山 健治
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/02/25
  • メディア: 文庫



リーチ先生 原田マハ [文学]

英国人陶芸家で、日本にも深い関わりを持つバーナード・リーチは今年、生誕130年を迎えた。白樺派の武者小路実篤、志賀直哉、柳宗悦、浜田庄司らと親交を得、柳宗悦の民芸運動にも参加。世界中で陶芸を指導し、東西両文化の橋渡し役を務めたことで有名だ。

本作はそのバーナード・リーチの年譜を忠実にたどりながら、それに関わる人たちとの交流を描いたフィクションである。「楽園のカンヴァス」「暗幕のゲルニカ」など、絵画を題材にした小説を次々と発表している原田さんだが、今回は陶芸がストーリー進行の大きな役割を果たしている。作者自身、美術館のキュレーターとして欧米の文化に憧れる時期があったが、しだいにアートや工芸における日本人のアイデンティティーについて考えるようになったという。

作中でも、リーチと柳が口論になるシーンが印象的だ。リーチが言う。「あなたがたは、西洋美術を礼賛しすぎだ。日本にだって、すばらしい美術がある」。栁が言い返す。「礼賛したっていいじゃないか。好いものは好いんだ」。「君は西洋かぶれだ」「あんたは日本かぶれだ」-。時代は大正年間。日本がまだまだ欧米の文化・文明を貪欲に吸収していた時世である。

東西文化の衝突と交流。それを繰り返しながら、物語は進む。インターネットを通じて世界中の誰とでも簡単にコミュニケーションが取れる現代である。当時の人々が異文化に触れるために、どれだけの労力と時間がかかったか。その並々ならぬ決意が伝わってくる。

ちなみに、主人公はリーチではなく、リーチの弟子となった架空の日本人青年。彼の国境を超えた淡い恋と別離。ほろっとするストーリーは、さすがAF(アート・フィクション)の作者を自認する原田さんならではのものだろう。


リーチ先生

リーチ先生

  • 作者: 原田 マハ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2016/10/26
  • メディア: 単行本



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