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打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか? 岩井俊二 [映画]

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原作の文庫本も出ているが、今回はアニメ映画の話である。舞台は夏休みの外房。主人公の中学生・典道が想いを寄せるなずなは母親の再婚が決まり転校することになった。なずなは典道を「駆け落ちしよう」と誘い、町から逃げ出そうとするが、母親に連れ戻されてしまう。ところが、なずなが海で拾った不思議なガラス玉を投げつけると、連れ戻される前まで時間が巻き戻されていた‥というあらすじだ。

本作は、映画や音楽などマルチに活躍する岩井俊二が世に出るきっかけになった話題作。1990年代にテレビドラマに次いで実写劇場版にもなっている。少年少女の淡い恋を描いたジュブナイル映画で「ヒロインを助けるか助けないか」の選択を2通りの物語で見せる設定だが、今回は同じ時間を何度も繰り返す「ループもの」に仕上げている。そのトリガーとして今回初めて出てくるのが不思議なガラス玉。これを投げることによって違う選択肢の平行世界に飛んでいける設定だ。

アニメ版を手がけた総監督の新房昭之は、「魔法少女まどか☆マギカ」などのヒットで近年注目度が高まっている。昨夏、新海誠監督の「君の名は。」で空前の大ヒットを飛ばした東宝が、今夏の劇場版アニメ枠で起用したのも、むべなるかな。思春期の入り口に立った少年少女の繊細な心情や一瞬の輝きを美しい映像で描き出している。

ところで、漫画やアニメを原作に実写化することは珍しくないが、実写映画をアニメ化するのはこれからのトレンドなのだろうか? わざわざ実写映画をアニメ化する意味を原作ファンなら考えるのだが、一つはやはりファンタジーの世界を広げられること。終始打ち上がる花火の映像美はもちろん、主人公の二人を乗せた電車が海の上を走ったり、シンデレラ風の馬車になったり。アニメ本来の特質を最大限に生かしている。もう一つはヒロインを限りなく魅力的につくり出せること。本作に出てくるなずなは中学生とは思えない色香を漂わせている。

映画公開に合わせ、ネットの動画サービスでは実写版が再公開されている。ヒロイン役は当時16歳の奥菜恵。年齢以上の大人ぶった演技が印象的だ。それにしてもジュブナイル映画って最近見かけない。かつての岩井俊二の「リリイ・シュシュのすべて」もそうだったし、「スタンド・バイ・ミー」のように若さをもてあました少年少女をモデルにしたものは流行らないのだろうか。現代のティーンエイジャーを投影しにくくなったのかもしれない。

昭和の雰囲気が色濃い外房が本作の舞台になっているが、時代設定はどうも2000年代のようである。ヒロインが「お母さんがよく口ずさんだ」という松田聖子の「瑠璃色の地球」を歌うシーンがそれを思わせる。ところが、ラストシーンで主人公の友人の少年たちが好きな子の名前を大声で叫ぶシーンがあり、思いあまって当時人気だったアイドルの名前を叫ぶ子もいる。ネタバレになるから言わないが、その名を聞くと‥。

「打ち上げ花火」と「夏の恋」。美しくもあり、季節が終われば瞬く間に消えてしまう永遠のモチーフではある。不思議な玉を投げるたびに二人だけの世界が加速度的に構築されていく。クライマックスでやっとなずなの気持ちを理解した典道。彼女のために力を奮い起こそうとしたところまでいったところで物語は急展開を見せる。自分の運命を受け入れ、先に大人になってしまうなずなに対して、子どものようなエネルギーを持てあます少年たち。思春期の少年少女の対比が印象的な映画だった。



打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか? (角川文庫)

打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか? (角川文庫)

  • 作者: 大根 仁
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/06/17
  • メディア: 文庫



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ソ連が満洲に侵攻した夏 半藤一利 [ノンフィクション]

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8月15日、終戦記念日である。72年前の夏、日本本土が敗戦の落胆と戦争終結の安堵に包まれていたころ、そこから戦争の悲劇が始まった場所がある。中国東北部の「満洲」と呼ばれた地域だ。1945年8月9日、ソ連は中立条約を破棄して満洲に侵攻、関東軍総司令部はいち早く退却し、満蒙開拓団などで入植していた大勢の民間人が殺戮と暴行と略奪の嵐に巻き込まれ、見殺しにされた。現地に駐在していた日本軍兵士や根こそぎ動員された男性民間人は、シベリア抑留の犠牲者となる。

本書はソ連の指導者スターリンが対日参戦を指示し、戦争が終結するまでを膨大な資料を駆使して再現している。著者はソ連の参戦を加速させたのが米国の原爆実験成功だったと指摘する。当時、対独戦争で疲弊した国民を鼓舞してまでも日本に戦争を仕掛けたかったのは、アジアの利権を米国に独占させることを見過ごせなかったからだ。1945年2月のヤルタ会談では、南樺太や千島列島の引き渡し承認の密約を米英に要求する。戦争終結を早めたかった当事者たちはソ連の欲深い主張を飲まざるをえなかった。

ソ連の侵攻を招いた背景には、日本の指導層の無能無策、優柔不断さ、情報収集力の欠如があると著者は指摘する。「起きてほしくないことは起こらない」とする裏付けもない楽観主義は、対日参戦を決めていたソ連に終戦の仲介をすがるという絶望的な決断へと日本を導いた。その経緯を著者は怒りを抑えた筆致で書き進める。どころどころその怒りは抑えきれずに行間ににじみ出す。それほど、満洲に置き去りにされた居留民の体験はむごたらしいものだった。

先月、旧満洲地域を旅行した。ソ連と国境を接する黒竜江省の開拓団跡にも立ち寄った。地平線までトウモロコシや大豆畑が広がる緑の大地には、かつて入植していた日本人家屋はもうほとんど残っていない。中国の目覚しい経済発展で、こんな奥地にも高速道路が伸び、工業団地が広がる。あの戦争を証言する遺構は、観光名所となった建物を除けば開発の波にのみ込まれ、消えつつある。だが、この曠野で阿鼻叫喚の惨劇が繰り広げられた事実は消えることはないだろう。

満州からの引き揚げ者の犠牲者は日ソ戦での死亡者を含めて約24万5000人にのぼるという。その数は、東京大空襲や広島原爆、沖縄戦をしのぐ。


ソ連が満洲に侵攻した夏 (文春文庫)

ソ連が満洲に侵攻した夏 (文春文庫)

  • 作者: 半藤 一利
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2002/08/01
  • メディア: 文庫



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応天の門 灰原薬 [漫画]

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政界は魑魅魍魎の巣とは、いつの時代にも言われることだ。今年に入っては森友学園や加計学園問題など、妖怪変化のような人物たちが政官民から次々と現れては世間を騒がせている。

千年以上前の平安時代もそうであった。本書の舞台は、藤原家が勢力を強めた応天門の変(866年)前夜の平安京だ。女官の連続失踪事件を鬼の仕業と不安がり、狂犬病を憑き物と恐れた。そんな事件を次々と解決するコンビがいた。京の治安維持を任された検非違使を束ねる在原業平、そして後に「学問の神様」として世に名を残す少年時代の菅原道真だ。

業平はご存知の通り、平安きっての歌人で恋多きプレイボーイ。男女の機微や社会の裏側にも通じている。一方、道真は若くして文章生(もんじょうしょう=詩文や歴史を修めるエリート)になった本の虫で、世間にはまったく興味がない。性格が正反対の業平に反発しつつも、博覧強記の知識と優れた洞察力で助けてしまう。平安版の「相棒」といったところだ。

二人は欲望渦巻く平安の権力闘争に巻き込まれていく。道真は政治とのかかわりを避けて学問の道を究めようとするが、その才能ゆえ宮廷から一目置かれ、あるいは敵視される。「隠そうとて才はいずれ世に出てしまうもの」と父親から言われる。

ミステリー風な探偵譚を横糸とするなら、宮廷を巡る陰謀が縦糸だろう。この二人が歴史の大きな流れの中でどう対処していくのか、楽しみである。平安の風俗についても詳細に描かれていると思ったら、監修は東京大学史料編纂所の本郷和人教授。本書に収録されている平安時代の文化・風俗に関するコラムが当時の事情を理解する手助けになる。


応天の門 1 (BUNCH COMICS)

応天の門 1 (BUNCH COMICS)

  • 作者: 灰原 薬
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/04/09
  • メディア: コミック



流れる星は生きている 藤原てい [ノンフィクション]

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7月になり、暑い夏がやってきた。新聞を広げると、今年も72年前の空襲や戦争体験を語り継ぐ記事が載り始めた。そんな季節にページをめくるのが本書である。戦時中、満州(中国東北部)の首都・新京(長春)にいた著者が3人の幼い子どもを連れて、朝鮮半島の38度線を越える1年がかりの逃避行の果てに帰国するまでの手記だ。

日本の敗戦が濃厚になり、ソ連が参戦した1945年8月9日。観象台(気象庁の観測施設)勤務の夫から関東軍の家族が既に移動を始めていることを知らされる。著者を含む観象台の家族ら「観象台疎開団」は汽車で満州と朝鮮の国境・鴨緑江の鉄橋を渡り、朝鮮半島の付け根の街に収容され、そこで終戦の日を迎える。後から追いかけて合流した夫の再開もつかの間、18歳から40歳の日本人男子は平壌へ送られることになり、そのままシベリア送りになる。

そこから朝鮮半島を南下する女子供らによる疎開団の旅が始まる。著者の両手には6歳の長男と3歳の次男。背中には生後1カ月の長女。飢えや襲撃から身を守りながら、赤土の泥にまみれて歩き、川の中会を徒歩で渡り、ぐずる子供たちを叱咤激励しながら米軍のいる38度線を目指す。米軍に保護された時は、みんな足の裏に石がめり込み、化膿していた。

物語の中で強調されるのが、戦争という異常事態の中に置かれた人間のエゴだ。食べ物や虎の子のお金を奪い合い、なりふり構わず、生き延びるために他人を利用する。そんな人間たちが押し込められた貨車の中の情景描写が印象的だ。

<またいつものような個人主義と、極度に人を嫌う嫌悪感とがごっちゃになって、互いに目で憎み、心で猜疑して、人間の根性の底の底までさらけ出したまま蛆虫のように蠢いていた>

それでも生きることをあきらめず、子どもたちを3人とも日本へ連れて帰った母親の強さを思い知らされる。満州引き揚げの体験記には、かなり目を通した。逃避行の途中に集団自決で自分の子どもに手をかけた、収容所で起きたら傍らで赤ちゃんが冷たくなっていた―。もっとむごい体験は枚挙にいとまがない。それでも本書が読み継がれたのは、その巧みな情景・心理描写にあるだろう。

タイトルの「流れる星は生きている」は、引き揚げの途中に出会った男性から聞いた名もなき戦士の歌だ。

<いつかあなたにまた逢える/きっとあなたにまた逢える/ご覧なさいね 今晩も/流れる星は生きている>

そんなフレーズを博多港に到着する直前に口にして思わず涙がごぼれる。郷里の諏訪に着き、両親の手に抱かれて「もう死んでもいいんだ」という心の叫びは、苦難の逃避行のつらさを表して余りある。

ちなみに、著者の夫は「八甲田山死の彷徨」などで知られる作家の新田次郎。次男は「国家の品格」などの著書もある数学者の藤原正彦だ。



流れる星は生きている (中公文庫)

流れる星は生きている (中公文庫)

  • 作者: 藤原 てい
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2002/07/25
  • メディア: 文庫



君の膵臓をたべたい (映画編) [映画]

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映画「君の膵臓がたべたい」の試写会に行く機会があった。本来このブログは蔵書の棚から気まぐれに本を取り出してあれこれ綴るためのもので、先日も原作について触れたばかりだが、せっかくなので書いておく。

原作との決定的な違いは、12年後の大人になった主人公と友人らが登場する構成になったことだろう。物語自体が、現代からの回想シーンとして語られる。死を宣告された少女と過ごした切ない思い出。原作から「その後」シーンを大幅に補強した展開は、まるでセカチュー(「世界の中心で、愛をさけぶ」)である。映像の随所に、セカチューをオマージュするシーンがあった。過去シーンと現代シーンのオーバーラップ、校舎に隠した彼女からの思いがけないメッセージの発見など。

回想シーンの設定は、よく言えば物語に奥行きをつくり、より感動を誘うつくりに仕上げた。ただ、実際のところはどうだろう。注目新人といえども浜辺美波・北村匠海コンビだけでは興行的に説得力がないから、後日談シーンに北川景子と小栗旬というビッグネームを起用したというのが、正直なところではないか。それを考慮に入れても、8月で17歳になる浜辺美波の演技は光っていた。病気を覆い隠すほどのとびきり明るい笑顔。そういえば、「世界の中心で、愛をさけぶ」でブレークし、史上最年少で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を獲得した長澤まさみも当時17歳だった。浜辺もこの映画からさらなる飛躍が期待されるところだ。

古くは「愛と死をみつめて」、今世紀に入っても「世界の中心で、愛をさけぶ」「四月は君の嘘」と、不治の病の少女をめぐる恋愛映画は、涙を誘う定番ものになりつつあるようだ。加えて最近の作品の特徴は、終盤にサプライズをもってきてもうひとひねりすることだ。それは「四月は君の嘘」は彼女がついた「嘘」であり、「君の膵臓をたべたい」では、原作を読んだ人なら承知している「事件」である。

そして少年は彼女から生きる力を与えられ、前へ進む。それだけは不変のようである。ちなみにセカチューも本作も、主人公の男子の名前は小説家がらみだ。これもオマージュか偶然か。


君の膵臓をたべたい (双葉文庫)

君の膵臓をたべたい (双葉文庫)

  • 作者: 住野 よる
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2017/04/27
  • メディア: 文庫


一読、十笑、百吸、千字、万歩 ―医者の流儀 石川恭三 [新書]

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キャリアコンサルタントをしている知人から聞いた話だ。「二つの10万時間」という考え方がある。ひとつは大学を卒業して社会人として60歳の定年まで40年間働く時間。もうひとつは、定年退職して80歳まで生きたとして、睡眠時間を差し引いた自由な時間。いずれもおよそ10万時間となるそうだ。現役時代の労働時間に匹敵する時間が、定年後に残っている。これを「余生」と呼ぶかどうか。そう考えると、もっと元気に活用したいという気になってくる。

本書のタイトルとなっている「一読、十笑、百吸、千字、万歩」を病院に置かれたパンフレットなどで見たことがある人は多いだろう。医師で杏林大学医学部名誉教授の著者が提唱した中高年向けの健康維持と認知症予防の心得だ。これを解説するのが、もっとも参考になるだろう。

【一読】1日1回はまとまった文章を読むこと。新聞でも本でも雑誌でも。

【十笑】1日に10回は笑おう。笑う頻度が少ない人は認知機能が低下するリスクがある。

【百吸】1日に100回くらい深呼吸しよう。肺の機能が高まり、自律神経が安定する。

【千字】1日に1000字くらいは文字を書こう。認知機能を高めることができる。

【万歩】1日に10000歩を目指して歩こう。記憶力を高め、認知症の予防に効果的だ。

老いはゆっくりと進んでいるが、生を楽しむ時間はまだたっぷりあると著者は指摘する。誰しも老いを止めることはできない。しかし、そのスピードを緩やかにすることはできるのだ。


一読、十笑、百吸、千字、万歩: 医者の流儀

一読、十笑、百吸、千字、万歩: 医者の流儀

  • 作者: 石川 恭三
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2016/02/15
  • メディア: 新書



あなたの人生の物語 テッド・チャン [文学]

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評判の高かった映画「メッセージ」が先月公開され、原作の本書を手に取った。主人公の女性言語学者、ルイーズ・バンクス博士は人類とのファーストコンタクトとなったエイリアンとのコミュニケーションを取るために軍から協力を求められる。ヘプタポッド(7本脚)と呼ばれるエイリアンは、二つの言語を持っていた。発話言語と書き言葉(表義文字)だ。

小説や映画の中で重要な役割を持つ概念が「サピア=ウォーフの仮説」である。言語によって話者の思考方法や世界観が決まっていくというもの。バンクス博士は彼らの表義文字を学ぶことにより、時間認識の方法に大きな影響を与えられる。博士は将来、妊娠して娘を授かることが明らかになる。そして娘の人生のすべてを知る。物語はヘプタポッドとの対話という過去形のパートと、娘と過ごすことになる未来形のパートが交互に記述され、現在形で終わる。そのユニークな構成は映画にしても小説にしても一度では理解が難しいかもしれないが、実に味わい深い。

われわれ人類には自由意思があるから、未来は変えられると思っている。だが、因果律を超えたかれらには過去も未来も同列に見える。「あなたのおとうさんがわたしにある質問をしようとしている。これは、わたしたちの人生におけるもっとも大事なひとときであり、わたしは注意をはらって、あらゆる詳細を心に刻もうとしている」。小説の書き出しに出てくる「あなた」とはバンクス博士の娘のことなのだ。

ヘプタポッドはある日突然、人類の目の前から消えてしまう。任務を終えた博士は、仕事のパートナーだった物理学者と結婚し、娘を身ごもる決意をする。その先の人生が必ずしも明るいものではないことを博士は既に知っている。だが、博士は決意する。未来が変えられないものであっても、「あなた」を産み、育てることを。問題は結論ではない。それにたどり着くまでの愛おしい時間を持つかどうかだ。

中国系二世の米国人テッド・チャンは寡作な作家で実質、表題作を含むこの短編集以外に作品はないそうだ。8編の収録作品はいずれもさまざまな賞を受けた佳作ぞろいである。


あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

  • 作者: テッド・チャン
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2003/09/30
  • メディア: 文庫



君の膵臓をたべたい 住野よる [文学]

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村上春樹のエッセイ集に「ランゲルハンス島の午後」という本がある。地中海あたりに浮かんでいそうな島名だが、もちろん膵臓の中でインスリンなどを分泌する重要な役割を担った細胞塊のことだ。これなしには人は生きていけない。発見者であるドイツ医師パウル・ランゲルハンスが命名した。そうではあるが、そこは村上ワールド。表題の作品ではファンタジーな空想上の島の名前として使われている。「僕はそっと手をのばして、あの神秘的なランゲルハンス島の岸辺にふれた」と。

ベストセラーとなった本書は逆に、そのタイトルのドギツさからしばらく手に取るのを躊躇していた。出版社の営業的には、このタイトルを付けたのは成功だったのだろう。

主人公の男子高校生が病院で偶然拾った「共病文庫」。それはクラスメイトの少女がつづった秘密の日記帳だった。彼女の余命が膵臓の病気により、もう長くはないことが記されていた。彼は身内以外で唯一少女の病気を知る人物となる。秘密を共有した二人は、しだいに心を通わせていく。

根暗で他人とかかわりを避けてきた主人公は、正反対の明るいヒロインに心動かされる。若さゆえに実感できない身近な人の死。それにどう向き合えばいいか苦悩する心の内を描き出していく。主人公の名前を【秘密を知ってるクラスメイト】くん、【地味なクラスメイトくん】などとカッコ書きにしているのが面白い。彼の本名はクライマックスを過ぎて出てくる。それは彼女と付き合うことで成長した主人公が、本来の自分を知ったことの象徴のように思える。

2010年代版の「世界の中心で、愛をさけぶ」といったところだろうか。薄幸の少女と少年の物語はいつの時代にも繰り返されるが、実はこの作品には終盤に大どんでん返しが待っている。その筋書き通りに話を進めるのか分からないが、7月には本書原作の映画が封切られる。「君スイブーム」はしばらく続きそうだ。

村上のエッセイが出版された時は、「ランゲルハンス島に行ってみたい」という読者の投稿がネットに散見された。それは世界中探してもない。自分の体の中にあるのだから。他者を思いやる気持ち、厳しい現実を乗り越えて生きる力―。答えはいつも自分の中にあるのだ。


君の膵臓をたべたい (双葉文庫)

君の膵臓をたべたい (双葉文庫)

  • 作者: 住野 よる
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2017/04/27
  • メディア: 文庫



人民元の興亡 吉岡桂子 [ノンフィクション]

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中国が主導する現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」をテーマにした国際会議が先月、北京で開かれた。習近平国家主席が推進に強い意欲を示したのは記憶に新しい。日本は習氏の覇権戦略を警戒してきたが、このほど安倍首相が条件が合えば協力する意向を打ち出した。GDPで追い抜かれ、世界第2位の経済大国の座も譲った日本。アジアの政治経済のかじ取りが中国の手に渡るのが悔しい―。それが大方の国民感情だろう。

だが、戦前戦後の中国経済を俯瞰すると、いかに日本が「上から目線」で中国を見ていたかが、本書で分かる。中国では一時、通貨の種類が千を超えたとも言われる。欧米列強や日本からも外貨が押し寄せ、国家金融が成り立たない状態が長く続いた。先進国から蹂躙され続けた中国通貨。その統一は、中国共産党の最優先課題の一つでもあった。1948年に初めて発行されてから、中国の通貨・人民元の紙幣はすべて、肖像に毛沢東が使われている。国家統合の象徴なのだから。

本書は、中国経済力の源泉ともいえる人民元を軸に、国内外の権力のかかわりに迫った中国の150年史である。毛沢東のもとで生まれた人民元は、改革開放を進めた鄧小平が育み、習近平の覇権戦略を力強く支える。銃と銃を交えて戦ったのは前世紀の話。だが、実は今も昔も通貨こそが最も破壊力のある銃弾なのだ。

ますます強くなる人民元は、米ドルを上回る基軸通貨になるのだろうか。全国紙の記者として、中国の歴史を振り返りながら取材を進めてきた筆者は「それはありえないのではないか」と推察するに至る。一党独裁で仕切る中国の政治体制が続く限りは、国際を軽々と超えて流通する通貨をコントロールしきれないだろう。

習氏は、一帯一路構想を支える「シルクロード基金」への増資や政府系銀行を通じた融資などで総額7800億元(約12兆8千億円)を拠出する方針を表明している。金にモノを言わせて世界に進出する新興国家―。あらら、いつかのどこかの国ではないか。


人民元の興亡 毛沢東・鄧小平・習近平が見た夢

人民元の興亡 毛沢東・鄧小平・習近平が見た夢

  • 作者: 吉岡 桂子
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2017/05/24
  • メディア: 単行本



まぬけなこよみ 津村記久子 [エッセイ]

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歳時記や七十二候など季節を題材にした本が、書店で目につく。それだけ日本から季節感が薄らいできたのだろうか。秋のイメージがあった運動会は、学校行事の都合でもっぱら5月に日程が映ったし、暖冬で都市部の紅葉も12月にずれ込む。

本書は七十二候を正月から順番につづった脱力系歳時記エッセイ。「ウェブ平凡」で連載したものに加筆修正された。骨正月、バレンタイン、猫の恋、衣替え、蚯蚓(みみず)鳴く‥。季節の言葉をひとつずつ掲げて、自らの思い出や体験を披露する。新聞コラムに出てくるような社会性のある事情はほとんど取り上げない。もっぱら登場するのは、本人の少女時代からのできごとだ。

進学先が決まらないのに学校を追い出され、やけくそになってドッジボールをした卒業式、ロッカーの鍵をプールの底に落として右往左往した夏‥。子供のころから現在に至るまで、屈託のないエピソードばかりだ。折々の風物詩が過去の出来事を引き連れてくるようだ。当時は取るに足らない出来事でも、歳を重ねるごとに筆者の中の情景が豊かに膨らんでくるのだろう。

いつの間にか、七夕にときめかなくなった自分がいる。急に百均に行って折り紙を買い、七夕飾りを作る。そんな季節の移り変わりを楽しむ筆者に思わず共感する。それは四季の豊かな日本に住む読者に等しく伝わるメッセージなのだろう。


まぬけなこよみ

まぬけなこよみ

  • 作者: 津村 記久子
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2017/04/21
  • メディア: 単行本



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